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血液型性格判断とナチスドイツ
以前BASICの特別個人レッスンをしていただいたY教授(統計学が専門)が、その昔いつもおっしゃっていた「Bruxellesさん、血液型性格判断、あれを言っている心理学者はでたらめですよ。あんな者は心理学者でも何でもない。そもそも何の裏付けもないのだから」と。以来私も女性週刊誌を見ても、血液型運勢占いは、見ないようになった。Y教授の話を別の方向からみると、たとえば占星術などは、統計学にのっとっているのかもしれない。それと天文学と、数学と、物理学と。Y教授のはなしだと、血液型性格判断などというでたらめは、日本だけの流行でしかない、ということだった。
今日ナチスを調べていて、初めて知ったのだが、血液型性格判断は、ナチスの研究課題のひとつであったらしいことがわかった。今ナチスを調査中であるが、あそこは完全にオカルト集団で、本当にいろんな研究をしている。「ムー」という子供向けの雑誌があるが、あの辺のことは全部ナチスが研究している。久々に買って最新号を読んでみた。今までは馬鹿馬鹿しいとだけ思っていたが、ナチスを研究中の身としては、これ全部まるっきりの嘘ではない、と考えている自分を発見した。
まずアトランティス大陸。ナチスの考え方だと、その生き残りがアーリア人だということだ。それからエイリアン。その研究もしているし、実際アルデバラン星人とコンタクトをとっていて、そこからUFOに関する知識(設計図など)を得ていたと言うことになっている。南極大陸に生活圏を構築していたという情報もある。そう言えばの話だが、日本はその昔紅白歌合戦には必ず南極からのメッセージが届いたり、中継したりしていた。疲弊した戦後、何故何のために南極探検をしていたのだろう。そしてその成果は、投資に見合うものだったのだろうか?あれは、アメリカに何かのお手伝いをさせられていたような気がする。というのは、アメリカもその時期、南極探検をしている筈だ。それはつまり、ナチスの研究成果を奪おうとしていた、という話になっている。それと、ヒットラーは生きていて、南極に逃げ、そこから地中都市に逃げ込んだと...ここまで来るとちょっと危ない?
ほかにナチスには南米にナチス都市を構築していて(主にエビータのアルゼンチン)、実際ナチスの幹部の幾人かは、別人となって戦後何十年も生きていたというのは、事実である。あれだけユダヤ組織が徹底的に探しまくって地の果てまで追いつめたにしては、悪名高いナチスの責任者たちは、逃げて長生きしすぎている。それからいろんな証言を集めたものも見たが、ヒトラーの死体を見たものはいない。(ここから噂が生まれたと思うが、ヒトラーは、死体焼却を命じて自殺したので、死体が無くても何も不思議ではない)
原爆にしてもUFOにしても、当時可能だとも思えないものを実際に可能にする最先端のテクノロジーを開発していた、これも事実のようだ。もっともオカルト的なこと、それはやはりアーリア人のルーツ探しと、SSの若者を中心に選ばれたごく美しいドイツ人の繁栄のために、優性保護的徹底政策を実施したこと。酷い人種差別と完全な選民選出である。これがおかしなことに、アーリア人の祖先をチベットに求めて、チベットを聖なる地とし、何の目的かはわからないが、多くのチベット人をドイツに連れ帰っている。そしてナチス崩壊と共に、この多数のチベット人たちは全員オカルト的な自殺を遂げている。まあ、ハーケンクロイツをみても、チベット密教との関係は充分推測できる。それからそうそう、日本の秘密結社、緑龍会とナチスの関係、全容は明らかではないが、はなから否定するには交流記録が残っている。緑龍会や黒龍会に関しては、日本よりも外国の資料の方が多い。そのつながりの玄洋社、この人たちの世界パラダイムは、誰も把握していないのではないかと言う気がする。ほとんど納得のいく研究はされていない。ナチスが選民アーリア人について、その出自から徹底的な神話を構築したのは、大日本帝国の八紘一宇に匹敵するものの必要からではないか、とも思う。
大日本帝国は外から見れば、究極に近い宗教国家である。そしてどの宗教にもオカルトの部分はある。なければ信仰とはいえない。その辺が三国同盟にいたる伏線であると思う。つまり、三国同盟は軍事的政治的必然のみではないということである。
大雑把なナチス研究はまだ一割ほどしか消化できてはいない。
今日ナチスを調べていて、初めて知ったのだが、血液型性格判断は、ナチスの研究課題のひとつであったらしいことがわかった。今ナチスを調査中であるが、あそこは完全にオカルト集団で、本当にいろんな研究をしている。「ムー」という子供向けの雑誌があるが、あの辺のことは全部ナチスが研究している。久々に買って最新号を読んでみた。今までは馬鹿馬鹿しいとだけ思っていたが、ナチスを研究中の身としては、これ全部まるっきりの嘘ではない、と考えている自分を発見した。
まずアトランティス大陸。ナチスの考え方だと、その生き残りがアーリア人だということだ。それからエイリアン。その研究もしているし、実際アルデバラン星人とコンタクトをとっていて、そこからUFOに関する知識(設計図など)を得ていたと言うことになっている。南極大陸に生活圏を構築していたという情報もある。そう言えばの話だが、日本はその昔紅白歌合戦には必ず南極からのメッセージが届いたり、中継したりしていた。疲弊した戦後、何故何のために南極探検をしていたのだろう。そしてその成果は、投資に見合うものだったのだろうか?あれは、アメリカに何かのお手伝いをさせられていたような気がする。というのは、アメリカもその時期、南極探検をしている筈だ。それはつまり、ナチスの研究成果を奪おうとしていた、という話になっている。それと、ヒットラーは生きていて、南極に逃げ、そこから地中都市に逃げ込んだと...ここまで来るとちょっと危ない?
ほかにナチスには南米にナチス都市を構築していて(主にエビータのアルゼンチン)、実際ナチスの幹部の幾人かは、別人となって戦後何十年も生きていたというのは、事実である。あれだけユダヤ組織が徹底的に探しまくって地の果てまで追いつめたにしては、悪名高いナチスの責任者たちは、逃げて長生きしすぎている。それからいろんな証言を集めたものも見たが、ヒトラーの死体を見たものはいない。(ここから噂が生まれたと思うが、ヒトラーは、死体焼却を命じて自殺したので、死体が無くても何も不思議ではない)
原爆にしてもUFOにしても、当時可能だとも思えないものを実際に可能にする最先端のテクノロジーを開発していた、これも事実のようだ。もっともオカルト的なこと、それはやはりアーリア人のルーツ探しと、SSの若者を中心に選ばれたごく美しいドイツ人の繁栄のために、優性保護的徹底政策を実施したこと。酷い人種差別と完全な選民選出である。これがおかしなことに、アーリア人の祖先をチベットに求めて、チベットを聖なる地とし、何の目的かはわからないが、多くのチベット人をドイツに連れ帰っている。そしてナチス崩壊と共に、この多数のチベット人たちは全員オカルト的な自殺を遂げている。まあ、ハーケンクロイツをみても、チベット密教との関係は充分推測できる。それからそうそう、日本の秘密結社、緑龍会とナチスの関係、全容は明らかではないが、はなから否定するには交流記録が残っている。緑龍会や黒龍会に関しては、日本よりも外国の資料の方が多い。そのつながりの玄洋社、この人たちの世界パラダイムは、誰も把握していないのではないかと言う気がする。ほとんど納得のいく研究はされていない。ナチスが選民アーリア人について、その出自から徹底的な神話を構築したのは、大日本帝国の八紘一宇に匹敵するものの必要からではないか、とも思う。
大日本帝国は外から見れば、究極に近い宗教国家である。そしてどの宗教にもオカルトの部分はある。なければ信仰とはいえない。その辺が三国同盟にいたる伏線であると思う。つまり、三国同盟は軍事的政治的必然のみではないということである。
大雑把なナチス研究はまだ一割ほどしか消化できてはいない。
Slow Life
私がインターネットの世界に入った9年ほど前、Slow Lifeということがしきりに言われていた。時間に追われてあくせくせず、ゆったりと季節の移り変わりを愛でたり、雲の流れに風流を感じたり、街中や野山を歩いて普段気づかない、動物や植物にふと目をとめたり、余裕を持った人生をおくりましょうというお勧めである。当時は一瞬それもそうだ、とも思ったが、今では馬鹿馬鹿しい。私はそもそもあまりあくせくした人生は送っていない。どちらかというともたもたという人生だ。もっとFast Lifeを目指さなくてはならない。
もともとこの提案は定年になった団塊の世代に向けられたものだろう。競争の人生から降りてゆっくり今までとは違うペースで第二の人生を楽しみましょう、という提案だったのだろう。
しかし思うに、定年になった後の人生、Slow Lifeなど、心がけなくても、動作は全般的にSlowになる。頭の回転も、会話も、自然とSlowになる。だから何もそんなものを提唱などしなくていいし、目的にもしなくていい。
・・・・・
親に「のろま」とか「さっさとしなさい」とかしきりに言われて育った子供は自分のことを「のろま」だと思い込むようだ。そしてそれを自分の欠点だと認識している。私の姪の一人がそうだ。それで私は2,3年前に思い切って持論を彼女に伝えた。
「私ものろまで、愚図だけど、それは欠点ではないと思ってる。あくせくするのは、不安で自信がないからだと思う。だから、せっかちとか、すばしっこいとか、人に後れを取らないように常にスタートを早くするとか、それみっともない。ことごとくを競争と考えて勝とうとか思わなくていい。たとえば運動会の「走り」。最初から人を押しのけていく子は、みっともない。そう思う。自信があれば、一周遅れからでも、おもむろに走り始めて、追いつき追い越せばいいだけのことだから。Tちゃん、のろまとか、愚図は「余裕」だと思えばいいのよ。それに本当に重要な競争なんてそんなにない。だから負けるのも「余裕」よ。めったに勝てない子が頑張るときには、その子に華を持たせてあげるのよ。でも実力をつける努力だけはしておくのよ。そうすれば「のろま」や「愚図」でいられる。それって、カッコいいことだと思わない?」
T「変わった考え方ね。そんなこと言う人、初めて。でもそう考えると「のろま」の悪いイメージはなくなって、自分に自信が持てるね」
B「そうよ。Tちゃんはどこからみても、人より劣っているわけではないし。おっとりしているっていうのよ。おっとりしている、ということは長年にわたって蓄積された、かけがえのない美点なのよ。わかる?」
T「??? わかるような気がするけど、うん。ただなにしろ、初めて聞く考え方だから」
・・・・・追記:2012年3月1日・・・・・
今朝目覚めてこの入稿を再び考えてみた。「負けるのも余裕」とは言ってみたけれど、これが重なると最後には「敗北主義」になる。私がそうだ。競争や勝敗を度外視することは、楽なことは楽だけれど、あくせくすることもないけれど、負け癖がつく。それは余裕なのか、余裕がないからなのか、少し疑問に思えてきた。それと「のろま」には一つの欠点がある。周りの人をイライラさせてしまう。それは「のろま」の責任ではないのだけれど。
昔祖母とこんな会話をしたことを思い出した。
「Bちゃんが、外出するとき、見ているとイライラする。もう出かけたかと見に来ると、まだ愚図愚図してる。15分してもう出かけたと思って、見に来るとまだ居る。そしてもう一回今度こそいないだろうと思って見に来ると、まだ居る。もう遅刻は完全に決定的なのに。どうしてさっさと出かけないの?」
B「ぜんそく頓服をのんだけれど、効かないから15分前にもう一回飲んだの。こうしてじっと薬が効くのをいつものように待ってる。効かなければもう一回出かける前に飲もうか、どうしようか考えてるところなの」
祖母「・・・・・エェ!」
もともとこの提案は定年になった団塊の世代に向けられたものだろう。競争の人生から降りてゆっくり今までとは違うペースで第二の人生を楽しみましょう、という提案だったのだろう。
しかし思うに、定年になった後の人生、Slow Lifeなど、心がけなくても、動作は全般的にSlowになる。頭の回転も、会話も、自然とSlowになる。だから何もそんなものを提唱などしなくていいし、目的にもしなくていい。
・・・・・
親に「のろま」とか「さっさとしなさい」とかしきりに言われて育った子供は自分のことを「のろま」だと思い込むようだ。そしてそれを自分の欠点だと認識している。私の姪の一人がそうだ。それで私は2,3年前に思い切って持論を彼女に伝えた。
「私ものろまで、愚図だけど、それは欠点ではないと思ってる。あくせくするのは、不安で自信がないからだと思う。だから、せっかちとか、すばしっこいとか、人に後れを取らないように常にスタートを早くするとか、それみっともない。ことごとくを競争と考えて勝とうとか思わなくていい。たとえば運動会の「走り」。最初から人を押しのけていく子は、みっともない。そう思う。自信があれば、一周遅れからでも、おもむろに走り始めて、追いつき追い越せばいいだけのことだから。Tちゃん、のろまとか、愚図は「余裕」だと思えばいいのよ。それに本当に重要な競争なんてそんなにない。だから負けるのも「余裕」よ。めったに勝てない子が頑張るときには、その子に華を持たせてあげるのよ。でも実力をつける努力だけはしておくのよ。そうすれば「のろま」や「愚図」でいられる。それって、カッコいいことだと思わない?」
T「変わった考え方ね。そんなこと言う人、初めて。でもそう考えると「のろま」の悪いイメージはなくなって、自分に自信が持てるね」
B「そうよ。Tちゃんはどこからみても、人より劣っているわけではないし。おっとりしているっていうのよ。おっとりしている、ということは長年にわたって蓄積された、かけがえのない美点なのよ。わかる?」
T「??? わかるような気がするけど、うん。ただなにしろ、初めて聞く考え方だから」
・・・・・追記:2012年3月1日・・・・・
今朝目覚めてこの入稿を再び考えてみた。「負けるのも余裕」とは言ってみたけれど、これが重なると最後には「敗北主義」になる。私がそうだ。競争や勝敗を度外視することは、楽なことは楽だけれど、あくせくすることもないけれど、負け癖がつく。それは余裕なのか、余裕がないからなのか、少し疑問に思えてきた。それと「のろま」には一つの欠点がある。周りの人をイライラさせてしまう。それは「のろま」の責任ではないのだけれど。
昔祖母とこんな会話をしたことを思い出した。
「Bちゃんが、外出するとき、見ているとイライラする。もう出かけたかと見に来ると、まだ愚図愚図してる。15分してもう出かけたと思って、見に来るとまだ居る。そしてもう一回今度こそいないだろうと思って見に来ると、まだ居る。もう遅刻は完全に決定的なのに。どうしてさっさと出かけないの?」
B「ぜんそく頓服をのんだけれど、効かないから15分前にもう一回飲んだの。こうしてじっと薬が効くのをいつものように待ってる。効かなければもう一回出かける前に飲もうか、どうしようか考えてるところなの」
祖母「・・・・・エェ!」
辛口日本人論-1
雑誌「正論」2012年2月号のP.274~P.277までは、正論側からの聞き手、小島新一と「日米衝突の根源 1858…1908」の著者である渡辺惣樹氏が氏の著作について問答するペイジとなっている。Book Lessonというコーナーである。このP.276に私が常々日本人に関して思っていることがズバリ書いてあった。本文全体の内容とはあまり関係はないが、その部分を書き出してみる。
渡辺:私は、日本人は対立関係のもたらす緊張の持続に耐える胆力が少し足りないのではないかと、心配しています。早く和解しようとする、仲良くしようとする。これは日本人の優しさにも通じるのですが、アメリカ人をはじめ西洋人は交渉では和解を目指しながらも徹底的に議論を尽くす。対立の緊張感をものともしない。そこに彼らの強さがある。最悪のシナリオに備えての準備も怠りません。
何気なく読み飛ばされてしまうかも知れないけれど、これは重大な指摘だと思う。
外交交渉のことに関して、言っておられるのだ。日本は、はっきり言って交渉事で成功したためしがない。外交的交渉力はゼロだと言ってもよい。交渉がうまく運んだと見える場合は、たいてい大枚をふんだくられているだけである。原因は、渡辺氏が指摘されるように「緊張の持続に耐える胆力が足りない」からだ、確かに。
わかりにくければ、自分の日常で考えてもよい。何か事が起こると、あなたは、泣き寝入りを選ぶし、他人が被害者の場合は、泣き寝入りを勧めるのではないだろうか?
どんなに心が通い合っている友の場合でも、夫婦の場合でも、相手が怒っている場合、宥めはするが、ともに怒ることは、めったにしない。同情してともに悲しむことはよくある。それより少ないけれど、ともに喜ぶ場合もある。しかしともに憤り、ともに戦うことはめったにない。この場合も愛情が信頼が希薄だと言うわけではなく、むしろ「怒る胆力、敵対者と対峙する緊張の持続に耐える胆力が不足している」ので、怒りの共有から本能的に遁走する傾向がある。それを日本人の優しさとみるか、胆力の無さとみるか。
私の好きな歌手のBarbaraはファンに「目を見開いて周りを見渡せ」というメッセージを残して亡くなっている。つまり、世の中をよく見て不正を見つけたら怒れ、という言葉を残したのだ。こんなメッセージを残す日本人はいないし、それを聞き入れる日本人もいないだろう。
特にここ半世紀余り日本人は損得で考えがちになってきている。自分以外の人のために怒っても何の得にもならない、他者のことで煩わされたくない、そういう思いが原因だとしたら、これほど悲しいことはない。人間が個人としての壁をとっぱらって最も強く連帯できるのは、問題の大小に関わらず、社会の不正に対して共に怒る、時ではないだろうか。
民族的に視点を移して考えても、「対峙する緊張の持続に耐える胆力の不足」は民族の存続にかかわる重大問題なのではないか、と思う。
渡辺:私は、日本人は対立関係のもたらす緊張の持続に耐える胆力が少し足りないのではないかと、心配しています。早く和解しようとする、仲良くしようとする。これは日本人の優しさにも通じるのですが、アメリカ人をはじめ西洋人は交渉では和解を目指しながらも徹底的に議論を尽くす。対立の緊張感をものともしない。そこに彼らの強さがある。最悪のシナリオに備えての準備も怠りません。
何気なく読み飛ばされてしまうかも知れないけれど、これは重大な指摘だと思う。
外交交渉のことに関して、言っておられるのだ。日本は、はっきり言って交渉事で成功したためしがない。外交的交渉力はゼロだと言ってもよい。交渉がうまく運んだと見える場合は、たいてい大枚をふんだくられているだけである。原因は、渡辺氏が指摘されるように「緊張の持続に耐える胆力が足りない」からだ、確かに。
わかりにくければ、自分の日常で考えてもよい。何か事が起こると、あなたは、泣き寝入りを選ぶし、他人が被害者の場合は、泣き寝入りを勧めるのではないだろうか?
どんなに心が通い合っている友の場合でも、夫婦の場合でも、相手が怒っている場合、宥めはするが、ともに怒ることは、めったにしない。同情してともに悲しむことはよくある。それより少ないけれど、ともに喜ぶ場合もある。しかしともに憤り、ともに戦うことはめったにない。この場合も愛情が信頼が希薄だと言うわけではなく、むしろ「怒る胆力、敵対者と対峙する緊張の持続に耐える胆力が不足している」ので、怒りの共有から本能的に遁走する傾向がある。それを日本人の優しさとみるか、胆力の無さとみるか。
私の好きな歌手のBarbaraはファンに「目を見開いて周りを見渡せ」というメッセージを残して亡くなっている。つまり、世の中をよく見て不正を見つけたら怒れ、という言葉を残したのだ。こんなメッセージを残す日本人はいないし、それを聞き入れる日本人もいないだろう。
特にここ半世紀余り日本人は損得で考えがちになってきている。自分以外の人のために怒っても何の得にもならない、他者のことで煩わされたくない、そういう思いが原因だとしたら、これほど悲しいことはない。人間が個人としての壁をとっぱらって最も強く連帯できるのは、問題の大小に関わらず、社会の不正に対して共に怒る、時ではないだろうか。
民族的に視点を移して考えても、「対峙する緊張の持続に耐える胆力の不足」は民族の存続にかかわる重大問題なのではないか、と思う。
日本人は変わった?
今日かつどん屋さんに行った。カウンター席のひとつおいて向こうに40代くらいの男性が、その隣に70歳代の女性がいる。「無理に食べずに残してもいいよ」と男性が女性に言ったので、二人が連れだということに気づいた。これは母親を気遣う息子さん?
息子さんはカツカレー竹、母親はカツカレー梅。母親の頭の髪の毛は相当薄い。そしてなぜかうつむき加減。息子さんは、体が大きくたくましい。妻子は今日は連れてこなかったのか?
男性が立ち上がったのは、6,7分後。よく見ると、お皿の上は空っぽ。母親のほうは、9割がた、出された時のまま。どうして母親が食べ終わるまで待たないのだろうか?と思っていると、息子に気兼ねしてか、母親もスプーンを置いて立ち上がった。「残してもいいよ」などという量でも、時間でもない。母親に食べる時間を与えていない。息子はすでにレジの前一メートルくらいに立っている。母親は、取り残されないように、懸命に息子の後を追う。母親は生活に疲れている様子だったので、はじめはそんな母を息子が食事に連れ出したのかと思っていたのだが、どうやら様子が違う。
レジの前で財布に手を突っ込んで、支払いをしようとしているのは、打ちひしがれた母親のほうだ!40代の息子は平気な顔で母親の少し後ろに立っている。
今は高齢者は年金をもらっている。ひょっとしたら、息子は、失業中か、引きこもり中かもしれない。ありえることだ。借金の申し込みに来たのかもしれないし、食事がしたいので、財布代わりに母親を連れてきたのかもしれない。少なくとも決して母親を気遣っているようには見えない。
いろんな人の話を思い出すと、このような場合、最近はたいてい母親が支払うらしい。私がこのシーンに違和感を感じたのは、母親が貧困に打ちひしがれていたように見えたことだ。父親がいて、父親がだすのなら、そう違和感は感じない。しかしこの母親はいかにも寄る辺がなさそうに見えたのだ。それでも最近の日本人は平気で母親に奢らせるのだろうか?
最近高齢者の女性に話を聞くと、99%以上のひとが死んだら家族葬でいいという。子供に迷惑をかけたくない、という。親の葬儀を出すことを迷惑だと考える子供が、日本にはそんなにも多いのだろうか?それぞれ家庭には事情というものがあるので、大きなお世話かもしれない。しかし「死ぬ」ことが何故迷惑などと、日本社会は認識するのだろうか?というのは、書店に行くと「終活」の本が多い。いかに回りに迷惑をかけずに、ひっそりとこの世から消えるべきか、懇々と書いてある。持ち物は小さくまとめ、所持品は出来る限り処分に励み、遺書をしたため、感謝の言葉を書き記し、墓を用意し、葬儀はなるべく家族葬程度を希望し、延命はせず、献体を申し出、できるだけひっそりと子供に迷惑をかけないように死になさい、と書いてある、そんな本がやたらと多く出版されて、しかもベストセラーになっている。老いたというだけで、何故そこまで、自分の生や死を、まるで忌むべきもののように自覚しなければならないのだろう。
私は出版社名をしっかり見ることにしている。筆者名もしっかり見ることにしている。そしていつもあきれ果てるのだ。日本人は変わった?それとも私が時代の思考に遅れてしまっているのだろうか?
生きることに遠慮する?しかも子供にここまで遠慮する?私ならそんな人生は、まっぴらだ。
息子さんはカツカレー竹、母親はカツカレー梅。母親の頭の髪の毛は相当薄い。そしてなぜかうつむき加減。息子さんは、体が大きくたくましい。妻子は今日は連れてこなかったのか?
男性が立ち上がったのは、6,7分後。よく見ると、お皿の上は空っぽ。母親のほうは、9割がた、出された時のまま。どうして母親が食べ終わるまで待たないのだろうか?と思っていると、息子に気兼ねしてか、母親もスプーンを置いて立ち上がった。「残してもいいよ」などという量でも、時間でもない。母親に食べる時間を与えていない。息子はすでにレジの前一メートルくらいに立っている。母親は、取り残されないように、懸命に息子の後を追う。母親は生活に疲れている様子だったので、はじめはそんな母を息子が食事に連れ出したのかと思っていたのだが、どうやら様子が違う。
レジの前で財布に手を突っ込んで、支払いをしようとしているのは、打ちひしがれた母親のほうだ!40代の息子は平気な顔で母親の少し後ろに立っている。
今は高齢者は年金をもらっている。ひょっとしたら、息子は、失業中か、引きこもり中かもしれない。ありえることだ。借金の申し込みに来たのかもしれないし、食事がしたいので、財布代わりに母親を連れてきたのかもしれない。少なくとも決して母親を気遣っているようには見えない。
いろんな人の話を思い出すと、このような場合、最近はたいてい母親が支払うらしい。私がこのシーンに違和感を感じたのは、母親が貧困に打ちひしがれていたように見えたことだ。父親がいて、父親がだすのなら、そう違和感は感じない。しかしこの母親はいかにも寄る辺がなさそうに見えたのだ。それでも最近の日本人は平気で母親に奢らせるのだろうか?
最近高齢者の女性に話を聞くと、99%以上のひとが死んだら家族葬でいいという。子供に迷惑をかけたくない、という。親の葬儀を出すことを迷惑だと考える子供が、日本にはそんなにも多いのだろうか?それぞれ家庭には事情というものがあるので、大きなお世話かもしれない。しかし「死ぬ」ことが何故迷惑などと、日本社会は認識するのだろうか?というのは、書店に行くと「終活」の本が多い。いかに回りに迷惑をかけずに、ひっそりとこの世から消えるべきか、懇々と書いてある。持ち物は小さくまとめ、所持品は出来る限り処分に励み、遺書をしたため、感謝の言葉を書き記し、墓を用意し、葬儀はなるべく家族葬程度を希望し、延命はせず、献体を申し出、できるだけひっそりと子供に迷惑をかけないように死になさい、と書いてある、そんな本がやたらと多く出版されて、しかもベストセラーになっている。老いたというだけで、何故そこまで、自分の生や死を、まるで忌むべきもののように自覚しなければならないのだろう。
私は出版社名をしっかり見ることにしている。筆者名もしっかり見ることにしている。そしていつもあきれ果てるのだ。日本人は変わった?それとも私が時代の思考に遅れてしまっているのだろうか?
生きることに遠慮する?しかも子供にここまで遠慮する?私ならそんな人生は、まっぴらだ。
「大人になりきれない人」の心理
四つん這いになって倒れている時しか、決して読もうとも思わないのが加藤諦三の本だ。心理的に充実している時には何の興味も湧かない。最近本文のタイトルと同じタイトルの加藤諦三の本を買った。つまりは心理的に折れて倒れてしまっているからだ。自分のことを「大人になりきれない人」だとは決して思っていない。しかしこの本の小さな項目をみると、ギクリとする「その通りです」という指摘があるのだ。書き出してみる。
第2章から
○人を愛する能力が問われている
確かに人を愛する能力も人の愛を受け入れる能力も私には欠乏している。認めざるを得ない。原因は年齢が加算され過ぎたためだと思っている。これに対しては、努力をするものではなく、自然に身についた「愛する能力」でないと、意味がないのではないかと考えている。
○最近の日本の親は、5歳児の大人が多い。
三面記事を見ればすぐにわかることだ。大人だけではない。中学生も高校生も5歳児が多い。政治家も弁護士も教師も5歳児が多い。出社拒否、集団自殺、うつ病、引き篭もり。しかしその大部分は個人の気の持ちようというより、むしろ希望のない現代社会にその原因があるように思うのだが。
○本質的な不満を抱えて心のそこから笑うことが出来ない。
笑うどころか、食事を味わって食べることすら出来ない。トラブルに巻き込まれ何かの被害者になって、全く救済されないで無視され愚弄された場合、本質的な不満を抱えない方がどうかしている。心のそこから笑う方が、むしろ異常だ。
第3章から
○誰かに依存できない時、辛くなる
全くその通り、辛さの原因を突き止めると、スーパーマンのような誰かに解決してもらいたい、という依存心、決して満たされない依存心が見えてくるかもしれない。辛い原因は、自分の未熟さにあるのかもしれない。認めざるを得ない。この依存心が満たされない自分を、不幸だと感じてしまうのだ。
第4章から
○目的があれば、負担を背負うことができる
目的に添わない負担も、目的さえあれば、背負うことができるのだろうか。目的があれば、あらゆる負担に耐えられるのだろうか。だとしたら私に非がある。私にはさしたる目的がないからだ。反省しよう。
○第5章
○愛する人がいれば、闘うことができる。
全くその通り。反省しよう。
○周囲を嫌うと生きる辛さが増してくる
確かに周囲を嫌っている。辛さの根本原因は私自身にあるということなのか?周囲を好きになる努力をしてみよう。
○幸せになる第一歩は、周囲の好意を期待しないこと
なるほど。私はいつも周囲の好意をかなり期待している。事態は好転するといつも期待している。それは間違ったことなのだろうか。成熟した人は、決して周囲の好意を期待しないのだろうか。
第6章
○生きることを楽しんでいる人の生活を見習う
よいアドヴァイスだと思う。しかし私の周りには、生きることを楽しんでいる人、楽しそうに生きている人、その人のような生活をしてみたいような人は、皆無だ。皆無ならば、探せと言うことなのだろうか。
こうしてブログに書くくらいだから、この本を読んでよかったと幾分思っているのだろう。ただこの本は「気の持ち方」で苦しんでいる人向けの書物だ。具体的にたとえば裁判云々に近いトラブルの解決には一切役立たない。ただ現実的苦渋だろうと、抽象的・心理的苦渋だろうと、人の苦しみの深刻さは同じだ。人生はあらゆる種類の苦渋に充ちている。人間関係や自己や人生をどうとらえるか、反省しなければと考えさせてくれる、多少の効用はこの本にはある。それと、あなただけが苦しんでいるのではないと言うことにも、気づかせてくれる。
第2章から
○人を愛する能力が問われている
確かに人を愛する能力も人の愛を受け入れる能力も私には欠乏している。認めざるを得ない。原因は年齢が加算され過ぎたためだと思っている。これに対しては、努力をするものではなく、自然に身についた「愛する能力」でないと、意味がないのではないかと考えている。
○最近の日本の親は、5歳児の大人が多い。
三面記事を見ればすぐにわかることだ。大人だけではない。中学生も高校生も5歳児が多い。政治家も弁護士も教師も5歳児が多い。出社拒否、集団自殺、うつ病、引き篭もり。しかしその大部分は個人の気の持ちようというより、むしろ希望のない現代社会にその原因があるように思うのだが。
○本質的な不満を抱えて心のそこから笑うことが出来ない。
笑うどころか、食事を味わって食べることすら出来ない。トラブルに巻き込まれ何かの被害者になって、全く救済されないで無視され愚弄された場合、本質的な不満を抱えない方がどうかしている。心のそこから笑う方が、むしろ異常だ。
第3章から
○誰かに依存できない時、辛くなる
全くその通り、辛さの原因を突き止めると、スーパーマンのような誰かに解決してもらいたい、という依存心、決して満たされない依存心が見えてくるかもしれない。辛い原因は、自分の未熟さにあるのかもしれない。認めざるを得ない。この依存心が満たされない自分を、不幸だと感じてしまうのだ。
第4章から
○目的があれば、負担を背負うことができる
目的に添わない負担も、目的さえあれば、背負うことができるのだろうか。目的があれば、あらゆる負担に耐えられるのだろうか。だとしたら私に非がある。私にはさしたる目的がないからだ。反省しよう。
○第5章
○愛する人がいれば、闘うことができる。
全くその通り。反省しよう。
○周囲を嫌うと生きる辛さが増してくる
確かに周囲を嫌っている。辛さの根本原因は私自身にあるということなのか?周囲を好きになる努力をしてみよう。
○幸せになる第一歩は、周囲の好意を期待しないこと
なるほど。私はいつも周囲の好意をかなり期待している。事態は好転するといつも期待している。それは間違ったことなのだろうか。成熟した人は、決して周囲の好意を期待しないのだろうか。
第6章
○生きることを楽しんでいる人の生活を見習う
よいアドヴァイスだと思う。しかし私の周りには、生きることを楽しんでいる人、楽しそうに生きている人、その人のような生活をしてみたいような人は、皆無だ。皆無ならば、探せと言うことなのだろうか。
こうしてブログに書くくらいだから、この本を読んでよかったと幾分思っているのだろう。ただこの本は「気の持ち方」で苦しんでいる人向けの書物だ。具体的にたとえば裁判云々に近いトラブルの解決には一切役立たない。ただ現実的苦渋だろうと、抽象的・心理的苦渋だろうと、人の苦しみの深刻さは同じだ。人生はあらゆる種類の苦渋に充ちている。人間関係や自己や人生をどうとらえるか、反省しなければと考えさせてくれる、多少の効用はこの本にはある。それと、あなただけが苦しんでいるのではないと言うことにも、気づかせてくれる。
親戚のM
今日は辛い日記になってしまう。はっきりとも書けない。親戚のMのことだ。
今回困ったことがあって、親戚のMに何回も相談に行った。手紙も書いて現状報告もした。今日結局私の話などに親戚のMは全く聴く耳を持たなかったことがわかった。あまりのショックで、しばらく寝込んでいた。なんだかそのまま死んでしまいそうな気がした。今日相談に行ったら全く態度を変えたのだ。それで人の相談にいままで一切聴く耳を持っていなかったことがわかった。誰かの入れ知恵でもあったのかと思えるような、酷い裏切りだった。
手紙も読んではいないし、今回持参した手紙は受け取ろうともしなかった。
そういえば以前相談に行った時もこんな態度だった。そのときは仕事を依頼することになって、ようやくまともに対応してもらえた。ここから一般論で書くことにする。
一般に仕事が出来る男と言うのは、四六時中仕事のことを考えているので、仕事に繋がる話にしか興味がないのではないかと思った。モーレツサラリーマンが家庭を顧みないというのも、この範疇だ。仕事で頭が一杯で他の話を拒絶しているのだ。それが仕事に関するようなら、つまり儲けに利することなら、相談にも乗ってやろうと。考えてみれば当たり前かも知れない。今時人は、仕事に繋がらないような、人の相談になんか乗らないものかもしれない。人に話を聞いてもらおう、相談に乗ってもらおうとすることのほうが、甘えとしてとらえられ許されないことかもしれない。これが今回の教訓だ。それが今の時代だ。
他者は基本的に人の話なんか聞きたくないのだ。まして相談などには乗りたくないのだ。人の話、特に苦情などは、お金を払わないと耳を貸すつもりは全くないのだ。何らかの形で、自分の利益になることにしか、人は全く興味を示そうとはしない。それは他人でも、親戚でも、友達でも、皆全く同じだ。特に仕事人は、自分の利益に繋がらないことには全く興味を示さない、と心得るべきではないかと、今回思った。人に話を聞いてもらうには、それだけでお金がいる。人に理解してもらうには大金がいる。人に理解して味方して貰うには、その人を雇うしかない。
悲しいが、現代はそういう時代なのだ。人に相談するには、その人になにか利するような話にまとめてから、聞いてもらうのだ。
これが死ぬほど辛い思いを経て得た今日の教訓だ。今頃そんな当たり前のことに気づいたのかと、笑われるかもしれない。現代人のみんなが既に味わっている体験かもしれない。どうなんだろう...
それにしてもMは何故、あそこまでえげつない裏切り方をしたのだろう。完全な敵対者になっている。何か積年の恨みでもあるのだろうか?
今回困ったことがあって、親戚のMに何回も相談に行った。手紙も書いて現状報告もした。今日結局私の話などに親戚のMは全く聴く耳を持たなかったことがわかった。あまりのショックで、しばらく寝込んでいた。なんだかそのまま死んでしまいそうな気がした。今日相談に行ったら全く態度を変えたのだ。それで人の相談にいままで一切聴く耳を持っていなかったことがわかった。誰かの入れ知恵でもあったのかと思えるような、酷い裏切りだった。
手紙も読んではいないし、今回持参した手紙は受け取ろうともしなかった。
そういえば以前相談に行った時もこんな態度だった。そのときは仕事を依頼することになって、ようやくまともに対応してもらえた。ここから一般論で書くことにする。
一般に仕事が出来る男と言うのは、四六時中仕事のことを考えているので、仕事に繋がる話にしか興味がないのではないかと思った。モーレツサラリーマンが家庭を顧みないというのも、この範疇だ。仕事で頭が一杯で他の話を拒絶しているのだ。それが仕事に関するようなら、つまり儲けに利することなら、相談にも乗ってやろうと。考えてみれば当たり前かも知れない。今時人は、仕事に繋がらないような、人の相談になんか乗らないものかもしれない。人に話を聞いてもらおう、相談に乗ってもらおうとすることのほうが、甘えとしてとらえられ許されないことかもしれない。これが今回の教訓だ。それが今の時代だ。
他者は基本的に人の話なんか聞きたくないのだ。まして相談などには乗りたくないのだ。人の話、特に苦情などは、お金を払わないと耳を貸すつもりは全くないのだ。何らかの形で、自分の利益になることにしか、人は全く興味を示そうとはしない。それは他人でも、親戚でも、友達でも、皆全く同じだ。特に仕事人は、自分の利益に繋がらないことには全く興味を示さない、と心得るべきではないかと、今回思った。人に話を聞いてもらうには、それだけでお金がいる。人に理解してもらうには大金がいる。人に理解して味方して貰うには、その人を雇うしかない。
悲しいが、現代はそういう時代なのだ。人に相談するには、その人になにか利するような話にまとめてから、聞いてもらうのだ。
これが死ぬほど辛い思いを経て得た今日の教訓だ。今頃そんな当たり前のことに気づいたのかと、笑われるかもしれない。現代人のみんなが既に味わっている体験かもしれない。どうなんだろう...
それにしてもMは何故、あそこまでえげつない裏切り方をしたのだろう。完全な敵対者になっている。何か積年の恨みでもあるのだろうか?
友情とは
母が脳梗塞で意識不明のまま入院した。すぐに喉に穴を開けての人工呼吸が始まった。痰が詰るので眼を離せない。窒息が一番命取りになる。
母には身内が多いので、大阪に来ている甥や姪が入れ替わり立ち代わり。私は1人で、夜だけ付き添えば、昼間はなんとか眠る時間を確保できた。
最初の2,3週間は昼間5,6人が母の回りにいてくれる時もあった。
それから次第に人は引いていく。情け容赦などない。
その時私の友人二人が、私に睡眠を与えるために、何回か夜に駆けつけて病院に泊まってくれた。一人は名古屋から来てくれた。どうせ家にいても眠れないのだからと。彼女は日本に来た70歳台のアメリカ人ジョンに恋をして、その後他のことは考えられない状態になっていた。もう一人は自分で車を運転して、やはり2,3回泊まってくれた。
睡眠を確保できるだけでなく、その気持ちが、なんと心強く嬉しかったことか。いくら感謝しても足りないと思った。二人とも自ら進んでそれほどの好意を示してくれたのだから。
母が亡くなって、2,3週間した頃、そのうちの一人、仮にAとしよう、Aが家に来た。勿論大歓迎である。Aは「100万円貸して欲しい」と突然に言った。もう一人をBとしよう。Bは再度来日した恋人ジョンと二人で、家に行きたいと言った。そしてラブホテルがわりに、私の留守の間、自由に家を使わせて欲しいと言った。Bは勿論人妻であり、Bの夫は、Bと私の高校の先輩であり、キューピット役を果たした私は、二人の結婚式の司会まで引き受けている。道義的にも、そんなことを容認はできない。けれども私は、彼女達に母の入院の時に、恩を受けている。断るべきか、断るべきでないか。
最初からのシナリオだと気づいたのは、ずっと後だ。
「Bruxellesさんの友人です。Bruxellesさんには日頃お世話になっています」
二人とも看護婦さんたちにはそう言っていた。
私はそれをつゆ疑おうとはしなかった。若い時から人の親切に慣れすぎていたせいもある。親切に見返りの要求があることを、愚かにもそれまで全く知らなかった。要求する前に親切を売るという、ある意味彼女達の方は、社会的に世俗的に、筋を通していたのかもしれない。
あれから10数年が過ぎて、世間はあの時の私のような人間を「幼稚」という言葉で切り捨てるものだということを知るようになった。しかし私は今も幼稚のままだ。その後も何度も頭を打って、だが未だにそれでいいと思っている。友情や愛情と名をつけた行為で、その後に見返りを求めることなど、それが正しくても正しくなくても、少なくとも私は死んでもしない。
母には身内が多いので、大阪に来ている甥や姪が入れ替わり立ち代わり。私は1人で、夜だけ付き添えば、昼間はなんとか眠る時間を確保できた。
最初の2,3週間は昼間5,6人が母の回りにいてくれる時もあった。
それから次第に人は引いていく。情け容赦などない。
その時私の友人二人が、私に睡眠を与えるために、何回か夜に駆けつけて病院に泊まってくれた。一人は名古屋から来てくれた。どうせ家にいても眠れないのだからと。彼女は日本に来た70歳台のアメリカ人ジョンに恋をして、その後他のことは考えられない状態になっていた。もう一人は自分で車を運転して、やはり2,3回泊まってくれた。
睡眠を確保できるだけでなく、その気持ちが、なんと心強く嬉しかったことか。いくら感謝しても足りないと思った。二人とも自ら進んでそれほどの好意を示してくれたのだから。
母が亡くなって、2,3週間した頃、そのうちの一人、仮にAとしよう、Aが家に来た。勿論大歓迎である。Aは「100万円貸して欲しい」と突然に言った。もう一人をBとしよう。Bは再度来日した恋人ジョンと二人で、家に行きたいと言った。そしてラブホテルがわりに、私の留守の間、自由に家を使わせて欲しいと言った。Bは勿論人妻であり、Bの夫は、Bと私の高校の先輩であり、キューピット役を果たした私は、二人の結婚式の司会まで引き受けている。道義的にも、そんなことを容認はできない。けれども私は、彼女達に母の入院の時に、恩を受けている。断るべきか、断るべきでないか。
最初からのシナリオだと気づいたのは、ずっと後だ。
「Bruxellesさんの友人です。Bruxellesさんには日頃お世話になっています」
二人とも看護婦さんたちにはそう言っていた。
私はそれをつゆ疑おうとはしなかった。若い時から人の親切に慣れすぎていたせいもある。親切に見返りの要求があることを、愚かにもそれまで全く知らなかった。要求する前に親切を売るという、ある意味彼女達の方は、社会的に世俗的に、筋を通していたのかもしれない。
あれから10数年が過ぎて、世間はあの時の私のような人間を「幼稚」という言葉で切り捨てるものだということを知るようになった。しかし私は今も幼稚のままだ。その後も何度も頭を打って、だが未だにそれでいいと思っている。友情や愛情と名をつけた行為で、その後に見返りを求めることなど、それが正しくても正しくなくても、少なくとも私は死んでもしない。
Digital Divide
数ヶ月前にSKから「紙芝居屋になりました」というメイルが入っていた。私はメイルにも必ず返事を返すのだが、SKに関しては、もう10年ほど前からCommunicationは困難だと、それを忘れてはいけないと心していたので、返事は書かなかった。第一「紙芝居屋になりました」に対して、どう返事をしてよいやら分からなかった。
2005年9月14日 そのほかの日々(2)
SKに関する私の最後の記事だ。
・・・・・・・・・・・・・
「Bちゃんは電話嫌いだから、どうしようか迷ったけど、見てもらいたいからやっぱり電話した。僕ね、紙芝居屋になったんだけど、今You Tubeに出てる。紙芝居屋さんで見れるよ。You Tube知ってるでしょ?」
「紙芝居屋さんで見るのね」
「違った。ビデオ屋さんで、見れる。僕が出てるんだ」
ここで昔のSKと同じの大笑い。嬉しいのだろうか。
これは先の連休中にSKからかかってきた電話だ。
「見てみる。でもビデオ屋さんで、入れてもゴマンとでてくる。他に何かキーワードは?」
「ビデオ屋さんでいい。それで、出るよ。ただし、You Tubeは英語しか駄目だから、英語でね。英語でビデオ屋さんと入れないと出てこない。わかった?」
「You Tubeは日本の動画は日本語で調べないと出てこないけど」
「いや、英語で、ビデオ屋さん。それで出る。皆もそれで見れるって言ってたし。英語で、ビデオ屋さん、これで必ず僕のが出るから」
「分かった、早速みてみるわね」
SKがまた楽しそうに嬉しそうに不自然に大声で笑っている。でも私はそれだけ言って一方的に電話を切った。これ以上話しても会話が通じなくてショックを受けるだけだ。もうそれはご免だ。痛々しく感じてしまう。
でも切った後で思った。倒産や離婚や手術やらを乗り越えて元気でYou Tubeに出ているところを、どうしても私に見せたいSKの気持ちがわからないでもない。SKの感覚では、紙芝居屋さんでYou Tubeに出ていることは、言ってみれば、舞台に上がってセリフを言っている劇団員の感覚なのだろう、つまりは晴れ舞台。あんなに嬉しそうに笑っていたではないか。私は出ないと分かってはいたが、ビデオ屋さんを英語に直してYou Tubeの検索をした。そして、やはりまたしても最後は自分自身で馬鹿馬鹿しくなってしまった。
SKの話が、もたもたして一向にまとまりがないと気づいてから、考えてみれば10年以上になる。それにしては、ちゃんと紙芝居屋さんをしているのだから、世間的には「おかしい」とは決して思われてはいないのだ。私の考えすぎかもしれない。私が何か自分で方法を考えて、You Tubeを見ればいい、だけの話だ。つまりは後は、私の方の自己責任。
それっきりそのことは忘れてしまったが、翌朝目覚めてフト気づいた。(心に自己責任の文字がちらついておそらく無意識にずっと考えていたのだろう)わかった!昔の田舎の年寄りなどはローマ字、つまりアルファベットを英語と言っていた。SKはYou Tubeは英語で入れないと出ないと、断言していた。SKはアドレスのことを言っているのだ!そして同時にアドレスと検索キーワードを混同しているのだ。アドレスを英語で入れると、「ビデオ屋さん」というタイトルで彼のYou Tubeが動き出すのだろう。ようやくモヤモヤが晴れた気がした。しかしSKはそこまでアホか?ちょっといくらなんでも失礼ではないか?いや、これがDigital Divideなのだろう。アホと言うわけではない。
そう言えば、昔からの友人のHMも、ネット・カッフェとパチンコ屋をほとんど同一視して話すではないか?YSだって、インターネット=ビデオ・ゲイムとしてしか認識できていないではないか。インターネット=ブログとして捉えている人も大勢いる。ショックを受けるべきではない。ちょっとしたDigital Divideの一例に過ぎないと考えよう。
ただSKがまだ頭の回転もよく皆を大笑いさせていた頃、どうもスペインとイタリアの区別が出来ていないのではないかとその口ぶりから気づいて、それとなく確認したことがある。やっぱりその時その時点ではSKの頭の中ではスペインとイタリアは区別されていなかった。そんなことがあったっけ。そういえばTTだって、イランとイラクの区別が分からなかったし、昨日読んだ今月号の「正論」では、あの中谷厳大先生が、その著作にルーズベルトが戦後も政権を担っていたと言う風に書いてある、という指摘があった。今朝のTVでは司会の関口宏が、金正日にだけ敬語を使っていたし。日常生活においては、Digital Divide以前に、知の確認など一切されずに、ほとんどあらゆる会話は発言は、なされているのだと、そしてその事態をそのまま受け入れた方が、もはやマナーに合っているのかも知れない。それに論理性や事実確認の前提などを全く無視して「××じゃないですか」と一方的思いの強権的押し付けが、TVやラジオ、また現実生活のここかしこに、溢れている。「かもしれない、じゃなく、それこそがマナーじゃないですか」と叱り飛ばされそうなので、この辺で止めて置く。
2005年9月14日 そのほかの日々(2)
SKに関する私の最後の記事だ。
・・・・・・・・・・・・・
「Bちゃんは電話嫌いだから、どうしようか迷ったけど、見てもらいたいからやっぱり電話した。僕ね、紙芝居屋になったんだけど、今You Tubeに出てる。紙芝居屋さんで見れるよ。You Tube知ってるでしょ?」
「紙芝居屋さんで見るのね」
「違った。ビデオ屋さんで、見れる。僕が出てるんだ」
ここで昔のSKと同じの大笑い。嬉しいのだろうか。
これは先の連休中にSKからかかってきた電話だ。
「見てみる。でもビデオ屋さんで、入れてもゴマンとでてくる。他に何かキーワードは?」
「ビデオ屋さんでいい。それで、出るよ。ただし、You Tubeは英語しか駄目だから、英語でね。英語でビデオ屋さんと入れないと出てこない。わかった?」
「You Tubeは日本の動画は日本語で調べないと出てこないけど」
「いや、英語で、ビデオ屋さん。それで出る。皆もそれで見れるって言ってたし。英語で、ビデオ屋さん、これで必ず僕のが出るから」
「分かった、早速みてみるわね」
SKがまた楽しそうに嬉しそうに不自然に大声で笑っている。でも私はそれだけ言って一方的に電話を切った。これ以上話しても会話が通じなくてショックを受けるだけだ。もうそれはご免だ。痛々しく感じてしまう。
でも切った後で思った。倒産や離婚や手術やらを乗り越えて元気でYou Tubeに出ているところを、どうしても私に見せたいSKの気持ちがわからないでもない。SKの感覚では、紙芝居屋さんでYou Tubeに出ていることは、言ってみれば、舞台に上がってセリフを言っている劇団員の感覚なのだろう、つまりは晴れ舞台。あんなに嬉しそうに笑っていたではないか。私は出ないと分かってはいたが、ビデオ屋さんを英語に直してYou Tubeの検索をした。そして、やはりまたしても最後は自分自身で馬鹿馬鹿しくなってしまった。
SKの話が、もたもたして一向にまとまりがないと気づいてから、考えてみれば10年以上になる。それにしては、ちゃんと紙芝居屋さんをしているのだから、世間的には「おかしい」とは決して思われてはいないのだ。私の考えすぎかもしれない。私が何か自分で方法を考えて、You Tubeを見ればいい、だけの話だ。つまりは後は、私の方の自己責任。
それっきりそのことは忘れてしまったが、翌朝目覚めてフト気づいた。(心に自己責任の文字がちらついておそらく無意識にずっと考えていたのだろう)わかった!昔の田舎の年寄りなどはローマ字、つまりアルファベットを英語と言っていた。SKはYou Tubeは英語で入れないと出ないと、断言していた。SKはアドレスのことを言っているのだ!そして同時にアドレスと検索キーワードを混同しているのだ。アドレスを英語で入れると、「ビデオ屋さん」というタイトルで彼のYou Tubeが動き出すのだろう。ようやくモヤモヤが晴れた気がした。しかしSKはそこまでアホか?ちょっといくらなんでも失礼ではないか?いや、これがDigital Divideなのだろう。アホと言うわけではない。
そう言えば、昔からの友人のHMも、ネット・カッフェとパチンコ屋をほとんど同一視して話すではないか?YSだって、インターネット=ビデオ・ゲイムとしてしか認識できていないではないか。インターネット=ブログとして捉えている人も大勢いる。ショックを受けるべきではない。ちょっとしたDigital Divideの一例に過ぎないと考えよう。
ただSKがまだ頭の回転もよく皆を大笑いさせていた頃、どうもスペインとイタリアの区別が出来ていないのではないかとその口ぶりから気づいて、それとなく確認したことがある。やっぱりその時その時点ではSKの頭の中ではスペインとイタリアは区別されていなかった。そんなことがあったっけ。そういえばTTだって、イランとイラクの区別が分からなかったし、昨日読んだ今月号の「正論」では、あの中谷厳大先生が、その著作にルーズベルトが戦後も政権を担っていたと言う風に書いてある、という指摘があった。今朝のTVでは司会の関口宏が、金正日にだけ敬語を使っていたし。日常生活においては、Digital Divide以前に、知の確認など一切されずに、ほとんどあらゆる会話は発言は、なされているのだと、そしてその事態をそのまま受け入れた方が、もはやマナーに合っているのかも知れない。それに論理性や事実確認の前提などを全く無視して「××じゃないですか」と一方的思いの強権的押し付けが、TVやラジオ、また現実生活のここかしこに、溢れている。「かもしれない、じゃなく、それこそがマナーじゃないですか」と叱り飛ばされそうなので、この辺で止めて置く。
Gentlemanと執事 (2)
日曜日見知らぬ高齢者の来客が私にあった。私はまだ20歳かその辺りで、身分はこの家の子供に過ぎない。母も兄も知らん顔なので、私一人で対応する。
「Bruxellesさんですか。私は長次氏の執事をしておりました○○と申します」
そう言えば○○氏の名前で数ヶ月前、長次氏死亡の連絡を受けていた。だから別に長次氏からの伝言があるわけでも何でもない。
長次氏と執事氏と私の祖父たちは、西洋の当時の現代詩を翻訳する趣味の会を楽しんでいたらしく、革張りの一見書籍のような手帖を渡された。万年筆で日本語に訳された現代詩がぎっしりと書かれている。
「これは祖父の字ですか?」
「いいえ。ただ長次氏の形見として...」
執事氏は自分の息子は名古屋でパイロットの教官をしている、と言った。その関係で長次氏所有の広大な土地は全日空に飛行場として売却し、財産処分は既に完了したと話した。年齢から言うと何年も前に退職した人のようにも思えるのだけれど、老執事というのはよく存在する。この人が一生独身だった長次氏の最後を唯一人で看取ったのだろうか?私には何もわからない。初対面の執事氏も私が祖母の孫だという以外、私に関しては何の情報もない筈だし、ただ誰かに長次氏と自分のことを話したかったのかも知れない。執事氏は私に私や家族のことを何か質問することも一切なかった。祖母に関しても。
この時私の記憶に残ったことはたった二つ。ひとつは、執事という職業の人物を初めて間じかに見たこと。後に見たカズオ・イシグロの「日に名残り」に出てくる執事長の雰囲気によく似て、教養も誇りも高そうな人物だったこと。もうひとつは、母や兄が私の来客を一切無視して、顔も出さなければお茶も出さなかったこと。結局執事氏は玄関の板の間に腰を下ろしただけで、その訪問意図も曖昧なまま帰っていった。母や兄にしてみれば赤の他人だ、という意識なのだろうか、私にはどうも理解しかねる部分だ。10年前、父の葬儀の日、Gentlemanの出で立ちで出現した長次氏と言葉を交わしたのは、葬式のドサクサもあって、祖母と私だけだった。母や兄の意識の中には、従って長次氏もましてやその執事氏も、リアルには存在し得ないのかもしれない。
私が祖母の危篤を知らせた時、長次氏はすでに病床にあった。そしてちょうど祖母の死の半年後に後を追うように生涯独身のまま(あの執事氏に看取られて)この世を去られた。それだけでも、祖母の人生の最終章にまるで赤い薔薇の花束を献花するような、充分にロマンチックな物語ではないか。
//////////////////////////////
カズオ・イシグロの「日の名残り」に関して、Reviewをあたってみた。自己を押さえた究極の恋愛などという感想が多かったが、私は感動すべき恋愛要素を全く見出すことが出来なかった。そして他の人たちとは全く別のところで、強い印象を受けた。それは第一次世界大戦後の過酷過ぎるドイツへの対応に疑問をもち、ドイツ救済のために行動しようとしていたイギリス貴族達が実際に存在していたことに対する感動であった。彼らは後にナチ容認派だったとして没落していくのであるが、ひどい運命の悪戯である。私は彼らにこそ真の貴族性を見た思いがした。
後に第二次世界大戦の研究をするようになって、もう一度彼らの存在に突き当たった。ルドルフ・へスが単独で飛行機を操縦し、英独和平交渉に臨む歴史的事件があるのだが、やはりイギリス側にもルドルフ・ヘスを待ち受ける英独和平熱望派が存在した事実があったということを、この映画は示唆するということだ。ルドルフ・ヘスにしても当然ある程度の前ふりがあってこその賭けだったのだ。
参照:Tel Quel Japon : Rudolf Hessの和平交渉 :
この時期イギリスがRudolf Hessの休戦交渉に応じていたら、その後の世界史は大きく変っただろうと思われる。
///////////////////////////////
追記:2010年5月9日
Gentlemanと執事 (1)
「Bruxellesさんですか。私は長次氏の執事をしておりました○○と申します」
そう言えば○○氏の名前で数ヶ月前、長次氏死亡の連絡を受けていた。だから別に長次氏からの伝言があるわけでも何でもない。
長次氏と執事氏と私の祖父たちは、西洋の当時の現代詩を翻訳する趣味の会を楽しんでいたらしく、革張りの一見書籍のような手帖を渡された。万年筆で日本語に訳された現代詩がぎっしりと書かれている。
「これは祖父の字ですか?」
「いいえ。ただ長次氏の形見として...」
執事氏は自分の息子は名古屋でパイロットの教官をしている、と言った。その関係で長次氏所有の広大な土地は全日空に飛行場として売却し、財産処分は既に完了したと話した。年齢から言うと何年も前に退職した人のようにも思えるのだけれど、老執事というのはよく存在する。この人が一生独身だった長次氏の最後を唯一人で看取ったのだろうか?私には何もわからない。初対面の執事氏も私が祖母の孫だという以外、私に関しては何の情報もない筈だし、ただ誰かに長次氏と自分のことを話したかったのかも知れない。執事氏は私に私や家族のことを何か質問することも一切なかった。祖母に関しても。
この時私の記憶に残ったことはたった二つ。ひとつは、執事という職業の人物を初めて間じかに見たこと。後に見たカズオ・イシグロの「日に名残り」に出てくる執事長の雰囲気によく似て、教養も誇りも高そうな人物だったこと。もうひとつは、母や兄が私の来客を一切無視して、顔も出さなければお茶も出さなかったこと。結局執事氏は玄関の板の間に腰を下ろしただけで、その訪問意図も曖昧なまま帰っていった。母や兄にしてみれば赤の他人だ、という意識なのだろうか、私にはどうも理解しかねる部分だ。10年前、父の葬儀の日、Gentlemanの出で立ちで出現した長次氏と言葉を交わしたのは、葬式のドサクサもあって、祖母と私だけだった。母や兄の意識の中には、従って長次氏もましてやその執事氏も、リアルには存在し得ないのかもしれない。
私が祖母の危篤を知らせた時、長次氏はすでに病床にあった。そしてちょうど祖母の死の半年後に後を追うように生涯独身のまま(あの執事氏に看取られて)この世を去られた。それだけでも、祖母の人生の最終章にまるで赤い薔薇の花束を献花するような、充分にロマンチックな物語ではないか。
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カズオ・イシグロの「日の名残り」に関して、Reviewをあたってみた。自己を押さえた究極の恋愛などという感想が多かったが、私は感動すべき恋愛要素を全く見出すことが出来なかった。そして他の人たちとは全く別のところで、強い印象を受けた。それは第一次世界大戦後の過酷過ぎるドイツへの対応に疑問をもち、ドイツ救済のために行動しようとしていたイギリス貴族達が実際に存在していたことに対する感動であった。彼らは後にナチ容認派だったとして没落していくのであるが、ひどい運命の悪戯である。私は彼らにこそ真の貴族性を見た思いがした。
後に第二次世界大戦の研究をするようになって、もう一度彼らの存在に突き当たった。ルドルフ・へスが単独で飛行機を操縦し、英独和平交渉に臨む歴史的事件があるのだが、やはりイギリス側にもルドルフ・ヘスを待ち受ける英独和平熱望派が存在した事実があったということを、この映画は示唆するということだ。ルドルフ・ヘスにしても当然ある程度の前ふりがあってこその賭けだったのだ。
参照:Tel Quel Japon : Rudolf Hessの和平交渉 :
この時期イギリスがRudolf Hessの休戦交渉に応じていたら、その後の世界史は大きく変っただろうと思われる。
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追記:2010年5月9日
Gentlemanと執事 (1)
クオーレ 愛の学校 :音声朗読
もう30数年前になる。パリに着いて、直後に盗難にあって、すったもんだの末屋根裏部屋に辿り着いた。語学学校に毎日通う余裕も無く(盗難問題解決まで何ヶ月もかかった)独習しようと「クオーレ愛の学校」(Grand Coeur- le journal d'un ecolier)という子供向けの巨大な本を買ってきて、それを読んだり、手紙を書く机代わりにしたりした。本は持ち帰らない主義なのだが、その本は今も手元にあり、この30数年の間に何度か取り出しては、再読している。それほど感動物な書物なのだ。どうしてこれを日本の小学校で教材にしないのかと思う。ある解説書によると、戦前は随分読まれたらしい(「母をたずねて三千里」はこの本の毎月のお話の中のひとつ)が、内容が愛国主義的であるという理由で、近年は良くない本の部類に入れられているらしい。
タレントが何キロもヘロヘロになって走っているのを「感動、感動」と叫び、意味の無いスカスカの感情を感動と教える愚を放送するくらいなら、この本をドラマ化して放送したらどうだろう。この本を読むたびにそう思う。
内容は小学生の日記と、学校で読む毎月のお話からなっている。出てくる子供がたくさんいて、名前がなかなか憶えられない。似たような名前に混乱するのだ。10数年前に子供用の日本語の本を買ったら、それぞれの子供達の顔が描かれていて、その絵と名前を確認しながら読むようになった。学習的に言うと、単純過去を忘れないためにも、お話は時々読んでおく必要がある。
この前本棚をみたら、大学書林の対訳イタリア語版が見つかった。あまり読んだ形跡が無い。イタリア語もいい加減ではあるが、10年以上になるので、そろそろ読んでみようと思って取り出した。これが結構読める。学習的に言うと遠過去になじむためにも、お話は読むべきなのだ。それに考えてみれば、この本は元々がイタリアの本だ。1週間ほど前から少しづつ読み始めているが、今日ふと、音声朗読で聞きたくなった。
なぜなら最近文学作品の音声朗読を割合容易く見つけ出しているからだ。昨日は「ジェーン・エアー」の英文、仏文の原文と音声朗読を発見した。あれは長いのでどちらも、38章中の1章だけにとどめた。時間が無いのでそれも英語で耳で聞いてフランス語の原文を見るという方法をとった。これが結構面白かった。音声で聞くと単に読むより随分と分かりやすい(その分速度が落ちるからかもしれないが)
結論をいうと、見つけ出したのだ。イタリア語の原文と、音声朗読を。この記事を読む方の中にはイタリア語を学習中の方もいらっしゃるかもしれない。それでリンクすることにした。時間が無いので私は今日は「Naufragio(難破船)」だけにとどめた。
Edmondo De Amicis - Cuore : Naufragio イタリア語
前後のペイジや目次に移動することも出来る。Naufragioにセットしているが、どこを選んでも良い。
Edmondo De Amicis - Cuore : Naufragio 音声朗読
まず右側の空白に確認の3文字を入れる。しばらくたってdownloadの指示が出たらクリックする。Naufragioにセットしているが、どこを選んでもよい。
//////////////
昨日別のBlogで記事にした「ジェーン・エアー」の英仏音声朗読と英仏テクストのペイジもついでにリンクしておきます。
Blog : 詩集「2N世代」
・・・・・追記:2010年4月25日・・・・・
Carlo Collodi - Pinocchio 原文
Carlo Collodi - Pinocchio 音声朗読:
タレントが何キロもヘロヘロになって走っているのを「感動、感動」と叫び、意味の無いスカスカの感情を感動と教える愚を放送するくらいなら、この本をドラマ化して放送したらどうだろう。この本を読むたびにそう思う。
内容は小学生の日記と、学校で読む毎月のお話からなっている。出てくる子供がたくさんいて、名前がなかなか憶えられない。似たような名前に混乱するのだ。10数年前に子供用の日本語の本を買ったら、それぞれの子供達の顔が描かれていて、その絵と名前を確認しながら読むようになった。学習的に言うと、単純過去を忘れないためにも、お話は時々読んでおく必要がある。
この前本棚をみたら、大学書林の対訳イタリア語版が見つかった。あまり読んだ形跡が無い。イタリア語もいい加減ではあるが、10年以上になるので、そろそろ読んでみようと思って取り出した。これが結構読める。学習的に言うと遠過去になじむためにも、お話は読むべきなのだ。それに考えてみれば、この本は元々がイタリアの本だ。1週間ほど前から少しづつ読み始めているが、今日ふと、音声朗読で聞きたくなった。
なぜなら最近文学作品の音声朗読を割合容易く見つけ出しているからだ。昨日は「ジェーン・エアー」の英文、仏文の原文と音声朗読を発見した。あれは長いのでどちらも、38章中の1章だけにとどめた。時間が無いのでそれも英語で耳で聞いてフランス語の原文を見るという方法をとった。これが結構面白かった。音声で聞くと単に読むより随分と分かりやすい(その分速度が落ちるからかもしれないが)
結論をいうと、見つけ出したのだ。イタリア語の原文と、音声朗読を。この記事を読む方の中にはイタリア語を学習中の方もいらっしゃるかもしれない。それでリンクすることにした。時間が無いので私は今日は「Naufragio(難破船)」だけにとどめた。
Edmondo De Amicis - Cuore : Naufragio イタリア語
前後のペイジや目次に移動することも出来る。Naufragioにセットしているが、どこを選んでも良い。
Edmondo De Amicis - Cuore : Naufragio 音声朗読
まず右側の空白に確認の3文字を入れる。しばらくたってdownloadの指示が出たらクリックする。Naufragioにセットしているが、どこを選んでもよい。
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昨日別のBlogで記事にした「ジェーン・エアー」の英仏音声朗読と英仏テクストのペイジもついでにリンクしておきます。
Blog : 詩集「2N世代」
・・・・・追記:2010年4月25日・・・・・
Carlo Collodi - Pinocchio 原文
Carlo Collodi - Pinocchio 音声朗読:





