PLANETEに戻る

Latest Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

人間を守れないFail Safe

人間を守れないFail Safe 2005年4月28日 (Thu) 2:27:01

「Fail Safeの原則」というものがある。飛行機の場合ならば、エンジンが故障すれば、翼が氷結すれば、尾翼が折れればetc.,。本来機械類には二重三重の安全装置がはめ込まれている。失敗を想定した対策や訓練が組み込まれているものだ。

事故をして車を手放す前、私はdrive techniqueに自信のあるdriverだった。レーシングチームに加入した、A級ライセンシーだった。とにかく上半身に無駄な力を入れない。ハンドルは生卵を握るように軽く持つ。手に伝わる振動に素早く反応するためだ。腕の回転もより滑らかになる。足も小刻みに何度もジワジワ踏み込む多少の練習は必要かもしれない。
日常で腕前を見せるところがあるとすれば、発進、停車、そしてコーナーワークくらいだろうか。
スピードを落とさずにコーナーを回る。基本は「Slow In Fast Out」コーナーにさしかかる前にスピードを落として、回り切る直前にアクセルを踏む。高野山などで練習をした。
重要なのは「コーナーにさしかかる前にスピードを落とし」つまり「コーナーにさしかかったらブレーキに触れてはならない」ということだ。どのくらい手前からブレーキを踏むかは、当然速度に比例する。物理学の問題だ。(アウトバーンでヒッチハイクした時、車は何百メートルも先でしか止まらなかったことを思い出す)
交通量の少ない、たとえば、高野山等では、コーナーでセンターラインをオーヴァーしてくる車やバイクは多い。何秒か早く速度を落としていれば・・。油断が生まれるのだろう。
カーブを回るすべての乗り物には力学的にいろんな方向から複雑な力のベクトルが発生する。タイミングによって、ブレーキは速度を落とすものではなくなり、転倒や脱線を引き起こす引き金となる。

晴れた5月の日曜日の朝、直線コースで膝と大腿骨を粉砕した人間が何を言っても説得力がないのはわかっている。ただ今回の列車大事故において、速度が何キロだから脱線が可能かどうか、という議論はとても虚しい。

「Fail Safeの神話」はまたしても崩れた。覚醒した冷静な人間の判断がFail Safeの最後の砦とならなければ、人間を守ることはできない。日本の鉄道の安全神話もこれで完全に崩壊した。不安と悲しみだけが煙を上げ続けている。
////////////////////////////////////

「Les dames de la poste」 Juliette Greco
確かに後ろ指を指される発想の歌詞。Outlawでいられる年月は少ない。

スポンサーサイト

On se revoit (再会)

On se revoit (再会) 2005年1月21日 (Fri) 17:54:00

何年ぶりかで緑風さんに会った。定番の堺東のカニ道楽。長女が来年宝塚を受験したいと言っている、もうそんな年月が流れたのだろうか。ベンツは二人乗りのスポーツタイプに変わっている。出会ってから20数年。私が初めて英会話を担当したクラスにその人はいた。

八尾に通い始めたのは緑風さんの方が少し早い。出入りの電気屋に誘われて大阪航空に入会した。私は遊覧飛行で飛んだことのある産業航空に入った。泉南市の市長に話を聞いて、ようやく踏ん切りをつけての入会だった。Hal Aviationから帰ってきた頃、緑風さんは実技テストのすぐ後だった。・・
「飛行機をチャーターして、試験官と教官を乗せて、まず高松に飛んだ。そしたら上空でエンジンが止まってしまった。慌てたよ。何がどうなったかわからない。命には代えられないから、もうテストは諦めた。でも教官も試験官も真っ青なんだ。もう緊急着陸しかない」
「海の上なら着陸地も見つからないでしょう。それで結局どうなったんですか?」
「ハッハッハッハッ、実はね、給油コックの切り替えをしたら、エンジンが戻ったんだよ」
「ガスケツ?クックックッ、あまりにも初歩的な」
「初歩的過ぎて誰もすぐには気づかなかったんだ。ハッハッハ」
あの時は、航空ライセンス取得祝いに、ロイヤルホテルでフレンチのフルコースをご馳走になった。

はじめてあった時彼は家を新築したばかりだった。若いのに、かなり無理をしたのか、と思った。彼はお兄さんの経営する金融会社の重役だと、後でわかった。
「サラ金はイメージが悪くて世間のバッシングを浴びているから、何か別のネイミングはないか」と聞かれた。数年後に武富士がYEN SHOPと言う言葉を造った時、緑風さんの言ったのはこのことだったのか、と思った。YEN SHOP、なるほど、素晴らしいネイミングだ。

何年かして会ったとき、いきなり彼はこう呟いた。
「金は本来、夢を実現するための、手段に過ぎないのに、最近は金を稼ぐことが日々の目標になってしまっている。これではいけない」無表情に呟いた、当然の言葉なのだけれど、感動した。なかなかそれに気づく人はいない。ましてバブル助走期の金融業者で、この発想が可能な人は、ほとんどいないのではないだろうか。資本主義社会では、利益確保が市場の、至上原理なのだから。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私自身騒音で完全に疲弊していた。そう語るその苦渋を充分思いやることが出来なかった。カニのお造りを味わいながら「私も昔宝塚歌劇入団を夢見ていたことがあった」と、漠然と思い出していた。緑風さんはこんな話をしたのだった。
「僕も3年前に、一番気の合った姉を亡くしたんだ。末期ガンだ。見舞いに行ったら姉が『治る見込みもないんなら、ぐずぐず生きていても仕方ない。○○はどう思う?』と言ったんだ。『そうだね・・』ただの相槌のつもりだったんだ。あっさりして度胸も人一倍の姉だった。その夜、病院を抜け出し、列車に飛び込んだ。即死だ。自殺なんだ。言ってみれば、僕が殺したようなもんだ」「・・・・・!!」

////////////////////////////////////
「LA CHANSON DES VIEUX AMANTS」  Jacques BREL


Hal Aviation

Hal Aviation 2005年1月19日 (Wed) 18:00:42

事故以来Xavierは学校に来ない。ショックで鍵をかけて部屋に閉じ籠もっている。「Bruxelles、Xavierを引っ張り出して来ておくれ」とPeterに頼まれた。幸いXavierに怪我はなかったが飛行機の脚が折れてプロペラも損傷した。賠償はどうなるんだろう。寮のドア付近の張り紙を見ると、任意の保険を呼びかけている。

Xavierの部屋をノックする。返事がない。居るのはわかっているのでさらにノックする。するとドアが内から開いた。ゲッソリよれよれのXavierが居た。
「Xavier、そろそろ飛ばないと、次に進めないよ」
「わかってる」
「賠償がどっさりきたの?」
「イイヤ、学校が全部保険でカバーしてくれることになってる」
「よかったね」話を聞くとXavierのお父さんは弁護士で、バスクの裕福な家庭の子らしい。けれど、余分にお金があるわけではない。プロになればスペインに戻らず、そのまま南米に渡り、貨物の空輸の仕事をするつもりで旅立ってきたのだ。イギリス人のPeterがケニアやインド、香港等で自由に冒険の日々を送ってきたように、スペイン人のXavierには広大な南米がある。(そういう感覚はどんなだろうと時々思う。昔の日本人が満州に行く、そんな感じなのだろうか?)

学校の寮は一軒のアメリカの邸宅だった。周りを木々に囲まれた三階建てで、裏庭には当然のことのようにプールがある。プールの管理も行き届いていて水も清潔で夜間には照明もつく。誰も居ない夜、そのプールを独り占めして水着を着て泳いだことがある。満月がとても明るい。以前も夜に屋外のプールで泳いだことを思い出した。フランスからの帰途タイに立ち寄り、バンコックのホテルのプールで、あの時は下着のまま泳いだ。

一度大きな浮き輪に乗ってプールの中で本を読んでいるPeterを見た。ここはアメリカだけれど、それはイギリス人しか醸し出せない悠然さだった。大英帝国、腐っても鯛。国の歴史はこうして個人の振る舞いの中に実は生きている。ここは所詮様々な事情で祖国では生きていけなくなった貧困の民がメイフラワー号で渡ってきて開拓した、せいぜい200年の新興国に過ぎない。原爆で叩きのめされた日本人にとってのアメリカとPeterの感じるアメリカはおそらく全く違う筈だ。

昨日トリニダード・トバゴ人が入校した。その前はおしゃれな初老のフランス人紳士が、さらにその前はドイツ人の化学の教師が、・・。ここはアメリカなのにstudentsの中にアメリカ人は、初日の夜ピツァを食べていた金髪のアメリカ坊や一人だけだ。マイアミの飛行学校から、あそこは生活費が高いからと転校してきたギリシャ人のビジネスマンもいる。寮にはスイス人、香港人、が各一名、イギリス人が四名、私がビューイックをシェアーしているのはイギリスで教育を受けたナイジェリア人のジョン。他の人達は「ロックフォドの事件メモ」のロックフォード父・息子が暮らしていたようなトレーラーハウスにいるらしい。学校はトレーラーハウスを何台も所有している。私は会っていないが学科の教官はドイツ人の女性らしい。校長もドイツ人。教頭はヨーロッパ人風のアメリカ人。事務局長のSallyはイギリス女性だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「Bruxelles有難う。僕明日から飛行機に乗るよ。いつまでもベッドの中で怯えているような余裕はないんだ」着陸時に突風が吹いたのだ。誰にでも起こりえる。「乗り越えないと、そこで止まってしまう」
////////////////////////////////////

「Je ne sais pas」 Jacques BREL

Memphis Elvis

Memphis Elvis 2005年1月16日 (Sun) 23:36:35

ロサンゼルス国際空港に到着。国内線に乗り換えてMemphisまで行こうとしている。小銭がない。コレクトコールで電話する。
「後で支払いますので、コレクトコール受けてください。お願いします」「OK」ホッとした。
「いまからUAに乗って○時○分にメンフィスに到着します。それからどう行けばいいですか?」「電話番号言いますのでそこへ電話して」メモを取る。「ここへ電話すればいいんですね?」・・
米国の航空雑誌の広告を見て、1度手紙を出し、1度電報を打ち、一度送金した。リクエスト通り2度電報で返事が来た。やり取りはそれだけ。後は何も知らない。実際行ってみたら学校が無い,ということさえあり得る。どんなところか一度も想像したことさえない。あわただしくMemphis行きのUAのゲイトに向かう。

Memphisに降り立った。時間があるので両替して電話してみた。「迎えに行きます」「どこで待てばいいんですか?」parkingの事務所で待てと言う。Memphis空港は巨大で、どこがparkingで、どこが事務所か、全くわからない。parkingという事は車で迎えに来るのだろうか。どこの誰が来るんだろう。とにかく聞き続けて、それらしき所までたどり着いた。誰がどのように私を認識するのだろう。気が気ではなくなって、事務所の外に出て待った。私は今知る人とていないメンフィスにいる。

車が来た。駆け寄ると名前も聞かずに「どうぞ」と言う。乗った。若い女の運転手だ。「今ね、どこをどう走って、どこへ行くのか全然わからない。Memphisですよね。Memphisと言えば、Elvis。それしか知らない。何の知識も無い」すると彼女が言った。「Memphis,Elvisここは、それで充分よ」・・・
小型機専用飛行場らしき所に到着した。ここで車を降りるらしい。
「これから、どうすればいいの?」「飛行機が迎えに来るわよ」「誰を」「あなたを・・」
ようやく飲み込めた。この女の人は学校関係者ではなく空港関係者なのだ。どれくらい待てば小型機がお迎えに来てくれるのか。15分もすれば、やはり不安になってまたしても空港事務所の外に出て待った。遅い。うっかりすると夜間飛行になってしまう。釘で打ち付けられたようにポツンと立って、ひたすら待った。

飛行機、車と乗り継いで学校の寮に到着した時は夜の9時前で,全体が見えなかった。アメリカ人の生徒に紹介された。一人サロンでピツァを食べている。いきなり寮に来たので、手続きは明日だ。今日はどこで寝るんだろう。地下の一室を与えられた。車のみならず無料で個室も提供してくれる。ただ冷房がガンガン効いて、その冷気が地下に降りてきて、冷蔵庫のように寒い。毛布を2枚余計に借りた。眠い。明日にならなければ、寮の全容も学校の全容もわからない。都合よくすぐに眠った。

////////////////////////////////////
「Mein Lieber Herr」 par Dalida

・・・・・(略)・・・
Aufwiedersehen lieber  さようなら、愛しい人
Bientot je reviendrai  またすぐに戻ってくるわ
De Berlin a Paris ベルリンからパリへ
La guerre sera finie 戦争は終わるでしょう
Les arbres seront en fleurs 木々には花が咲き
Les hommes auront du coeur 人々には優しい心が蘇るでしょう
・・・・・・(略)・・・
(ナチが行進する映像をバックにダリダが歌った、大好きな曲) 

Flight Robin

Flight Robin 2005年1月11日 (Tue) 18:09:21

Flight Robinに出た。あらかじめ決めたABC地点の上空を飛び回って、どの飛行場にも離着陸しないで帰ってくるFlightのことをFlight Robinと言う。機体のブレを少し感じる。エンジンの音も少し違う。イヤな予感がする。帰ってきて報告をしておいた。

2年前Bostonで知り合ったHi Brownにアメリカに来ています、という手紙を書いて事務局に持っていった。
「ちょうど今から郵便局に行くところよ。Bruxelles、一緒に行く?」「OK、車に乗せてくれるの?」・・
「Cathy、これ軽の日本車ね」
「Hondaよ。貿易赤字がどうの、日本製品ボイコットがどうのと、煩いけれど、Bruxelles安心して、私はHonda、日本車の大ファンよ。燃費はいいし、それに第一故障しないもの」・・
私はビューイックを学校から貸してもらっている。ただガソリンやオイルがどんどん減っていく。これは何ccかと聞いたら、6000ccと言うではないか。なにかオイル漏れしているような気がしてメカニックに「ちょっと見て頂戴」と頼んだら「僕は空冷式(飛行機)はわかるけど、水冷式(車)はわからないよ」と言われた。そんなもんなの?

「Bruxelles、学科試験の結果が届いてるよ」「ええェ!!」「私が開けて見てあげるね」「ninety-eight points! Bruxelles、おめでとう!!」Cathyが抱きついてkissしてくれた。
FAAの学科試験の勉強は新大阪のAviation Language Academyの西村教官から数時間の個人レッスンを受けた。買った独習用のテイプ教材に大幅な不備があって、それを言いに行ったら「お詫びに教えます」と言うことになった。最後に学科の学習を修了しましたという正式なFAA教官のendorsementを貰った。おかげで全米で一番安い飛行学校のpackage料金から、さらに値引きしてもらって、学科の授業を全く受けずにいきなり受験することができた。滞米日数を最短にしたかった。

昨夜は珍しく何人かがサロンに集まっていた。
「今日はpower-on失速の練習、怖かったぁー。思わずワァーって声が出そうになる。あれ、事業用ではキリモミまでいくんでしょう?」「そう。まるで空中を舞い落ちる木の葉のように」「私なら、気絶する」応えるのはマドリッド出身のJesus(ジーザスと書いてヘススという音になる)。夜毎、この町のAmerican girlsの車が次々と彼をお迎えに来る。
「ブーブーというあの失速警報音っていやな音ね。その音を聞きながら延々と操縦桿を引っ張り続けるのは相当の意思の力がいる。キリモミからの回復は一体どうするの?」
「手足を離してバンザイをするのさ。自然回復力以外に手はない」「ふーん」
Xavier(ザビエ)もパエリャを手に話に入ってきた。「60度の右旋回も相当Gがかかるよ。ワァーと言いたくなる気持ちわかるよ」
「Xavierってね、大阪の堺市にザビエル公園があるけど、ひょっとして何か関係あるのかなぁ。日本にキリスト教の布教に来た宣教師」
「多分ね。バスクの子供はみんな偉い宣教師にちなんだ名前になるんだ」「バスクって今も、独立運動してるんでしょう?結構テロも派手にやってる。バスク語って学校で習うの?」「うん」「バスク語って、言語起源的には日本語に似てるって聞いたことがある」
・・・・・・・・・・・・

夕方動物愛護教官のピーターに、Bruxelles,象牙のブレスレット止めろよと言われているちょうどその時だった。事故連絡が飛び込んだ。一瞬鳥肌がたった。JonesboroでXavierが着陸に失敗したのだ。ピーター他数名がすぐに救助に向かった。

///////////////////////////////////

Nana MOUSKOURIPlaisir d'amour
  STEPHAN EICHER「Can't Help Falling In Love With You」

異業種交流会にて(2)

異業種交流会にて(2) 2005年1月6日 (Thu) 18:00:09

「問4。諸条件が同じ場合、温度が高いほど滑走距離は長く必要になる、かどうか、です」
「滑走距離は長くなる」「僕は短い方にする」「短い」「長い」「暑いほうがフワフワ上がっていくような気がするので、短い」
「いろんな意見が出て嬉しいですね」
「イヤ。長いか短いか、2つだけですよ」
「クックックッ全くその通り。2つも意見が出て嬉しいですね」ハハハハハハッ。「解答先に言いますね。温度が高いほど長く必要。揚力が発生しにくいから」

「問5。他の諸条件が同じ場合、飛行場の位置が高いところにある場合と低い所にある場合と、どちらが長い滑走距離を必要としますでしょうか?」
「これは気圧の問題ですね」「そうそう」
「池山さん、どうですか?」「高いところは温度が低い。先ほどの解答を当てはめたら、答えは滑走距離は短い。で、僕は低いところが正解だと思う」
「温度は同じとした場合、というのが条件ですよー」
「高いところは気圧が低いでしょう」「そうそう。松本飛行場なんかは、高いところにある」「松本は長野県だから、長い。だから、答えは高いだ!」ハハハハハッ・・。
「正解は高い所。空気密度が薄くなるからそれだけ揚力が発生しにくくなる。従って離陸に長い滑走距離が必要になるから」
「空気抵抗の問題ですね」
「今のところ全問正解一人いらっしゃいますね」
「僕ゼロ戦に乗ってたから」「ええッ!!」ハハハッハハハッ。
「阪神パークの・・」ハハッハハハッハッ。

「問6。高度計の針はずっと6000をキープして飛んでいるとして、高気圧のところから低気圧の所に行くと実際は上昇するか降下するかしています。さて、絶対高度はどちらになってるでしょうか」
「高度計の針は同じなんですね」
「高度計の指示高度はあくまでも相対的なもので、それが同じでも高さは、仮に巻尺で計れば、気圧と共に変化している」
「二日酔いが覚めてきた」ハハハハッハッハッ。
「上がる」「上がる」「気圧密度が高いのが高気圧だから・・」「気圧密度が濃いから揚力が発生する・・・」「揚力で上下するのでなく、密度そのもので考えないと・・・」(活発な意見の交換。皆さん考えていらっしゃる)
「上がると思う」「下がります」「上がる」「賭けをしましょう」「クックックッ、警察に踏み込まれますよ」・・・・・
「解答。気圧の高いほうに向かっていけば、上がって行き、低いほうに向かっていれば、ジャン、下がっていくー」
「何で」「何でですかぁー」ザワザワ。それぞれ自説を展開して反論。
「大先生、説明してください」誰かの声。
「はい、クックックッ(返事するしかない、はい)」
「指示高度が同じということは、同じ空気密度のところを飛んでいると考えれば、高から低へ行くということは密度を濃くしなければいけないので、実際は下がっている」
ハハハハハ「僕さっきからペケばっかり」SKが楽しそうに嘆いている。

車ならエンジンふかせば、対応して速度が出るけど、飛行機の速度は相対する風、その他で、出してる速度と、動いている速度が違ってくる。飛んでるつもりの高度も諸条件によって実際の高さとは違う。
ある一定の方向に向かうにも常に左を向いたり右を向いたりしながら、風に対応してベクトルや三角関数で調整する。この不安定さは、 様々な要素で常に流されていく、まるで人生みたいだ。ただフライトにはlandingがあるだけだが、人生の行き着く先には必ず死がある。「間違いない!」「残念!」
//////////////////////////////////

「WOLFGANG ET MOI」 par Marie-Paule Bell

Touch & Go

Touch & Go 2005年1月4日 (Tue) 23:26:20

First Soloの後も何度も場周経路や離着陸の練習はした。今日は単独練習に出かける。私は完全な方向音痴だ。飛び立ったはいいが帰れなかったらどうしよう。一瞬逃げて帰ろうという心境になった。どこをどういったか確認しながら飛んで、帰りはその逆を行けばいい。必死に慎重にいけば何とかなる。情けない気持ちをすぐに打ち消した。

難なく離陸して目的の場所まで行く。晴天だ。対空警戒をしてまずは30度角の水平旋回の練習をしよう。操縦桿を左に傾ける。これで左に曲がれば車と同じだ。飛行機ではこのときアドバースヨウ効果が働きそれを打ち消すために左rudderを踏む。踏み込みすぎると外滑り、踏み込みが足りないと内滑りを起こす。旋回計の目玉のようなボールを見てそのボールが中央に来るように左右の足で調整する。途中機首が下がらないように、速度が落ちないように昇降舵を引いたりエンジンをわずかばかり押し込むこともある。30度傾く少し手前で、戻し操作をしないと、バンク角はどんどん増えていく。30度傾いたところでその角度を保持するのがこれまた大変。そして360度回って、元の正面でピタリとroll outするのも大変。神経を集中して先に先に操作しないと、機体が反応するまで多少の時間がかかる。さっきから他の飛行機の交信がずっと聞こえてくる。なんだかんだと五月蝿いのでラジオをカットオフする。

2時間ほどして練習を止めた。そろそろ帰ることにする。メモを見ながら慎重に慎重に。バンザイ!飛行場が見えた。対空警戒をしてラジオをオンにしてDown Windに45度の角度で場周経路に入る。”Turning base"をマイクで告げさらにBase LegからFinalへ90度少々プラスのturnをしてrunwayを真正面にみる。驚いた!!滑走路の両サイドに学校関係者全員総出ではないか。「私の着陸技術を見物に?」気がつくとfinalにしては高度が高すぎる。ほぼ急降下しないと着陸不能だ。素早くエンジンをカットオフ。でもご覧あれ。私はこの高い高度からの急降下landingは得意なのだ。操縦桿をグイと押す。flapを有効に使う。どんどん高度が下がる。目標のところで車輪が接地。「ワァー」という喚声が聞こえたような気がした。「Touch & Goにしよう。もう一度着陸を見せたい」スロットルを思い切りふかし「Touch & Go」と叫んで再び離陸した。こんなに観衆がいてくれるなんてとっても気分がいい。場周経路を一回りしてあまり気分がいいので「Touch & Go」を2回した。調子に乗って3回目をしようと、やはり1000フィートでfinalに入ってrunwayを正面にみたら、教官のPeterが滑走路に飛び出して仁王立ち。両手でペケのマークを出している。「着陸せねばなるまい」

やはり急降下landingをした。みんなが拍手してくれるのかと思ったら、着陸するなり水が引いたように見物人は消えてしまった。滑走路から身を引いたPeterだけが再び滑走路に戻ってきた。
「Bruxellesどうしたんだい。もう20分も前からラジオで戻ってくるように言ってるのに、全然応答がないから事故があったのかとみんな心配してたんだよ」
「??!!!」言えない。五月蝿いから交信をカットオフしてたなんてあまりに馬鹿げていて言えない。でも、言った。しかもぬけぬけと言った。
///////////////////////////////////

Castafiore Bazooka 「Parfum de dame en noir」
バルバラに捧げられた曲(1998年)。


異業種交流会にて(1)

異業種交流会にて(1) 2005年1月2日 (Sun) 22:32:10

当時SKはアド・チャンスという会社を経営していて月一回アド・サロンという異業種交流会を開いていた。ある日の集まりに講師として呼ばれた。与えられたテーマは飛行機。ライセンスの取り方でも、訓練体験感想でも八尾の競技会のことでも細部は何でもいいということだったので、「操縦の基本」についてQ&A形式で進めることにした。会場はぎっしりでほとんどが楽しそうな30代前半の団塊の世代の男性たち。最初から和気藹々としたムードが充満していた。

まず両手を広げたような主翼の後部外側にあり上下に動くのが補助翼(aileron)。ピンと上がったしっぽのような垂直尾翼の後部にあり左右に動くのが方向舵(rudder)。後ろで小さく両手を広げているのが水平尾翼、その後部にあり上下に動くのが昇降舵(elevater)。
操縦桿を押したり引いたりするとelevaterが反応し、機首が上がったり下がったりする。横軸を想定したこの動きをpitchingという。操縦桿を左右に回すと左右のaileronが反応し左に傾いたり右に傾いたりする。縦軸を想定したこの動きをrollingという。足元の左右のペダル(rudder pedal)を踏むと方向舵(rudder)が反応し機首が左右に振れる。垂直軸を想定したこの動きをyawingという。

さて問(1)。「操縦桿を引くと(一応機首は上がろうとしますが、その時)elevaterは上がるのでしょうか、下がるのでしょうか。ヒントは飛行機は対面する風の力を借りて動き、風は前から来るということ。聞いていきますね。はい。」
「上がる」「下がる」「下がります」「上がります」・・・(略)・・「真っ二つに分かれましたね」
「それじゃ答え。上がります。上がっていると、前からの風が当たって機体の後部を下に押さえる。従って機首が上がる。下がっていると前から来る風は機体後部を押し上げ、従って機首はさがる。簡単でしょう」(pitching)

問(2)。「左足でrudder pedalを踏むと機首は一応左に振れます。さてその時、方向舵(rudder)は左に曲がっているでしょうか、右にでしょうか。聞いていきます。はい。」
「右」「右」「左」「左」・・・(略)・・
「正解は左。機首が左に振れるということは、前から来る風が左に出ているrudderに当たって、それを反対側、つまり右に押す。後部が右に押されると、機首は左を向く」
「前からの風で考えればいいんですね」
「そう、原理は前と同じ」SKは楽しそうにさっきから何を言っても笑ってばかりいる。(yawing)

「さて残っているのは補助翼エルロンのことなんですけどね。操縦桿を左に回すと、一応左に傾くんですけど、その時左のaileronは下がっていますか、上がっていますか」
「質問は左だけですか。右は?」
「左右連動しているので左と右は逆方向に動きます」
「わざと間違えようかなあ」SKがまた笑っている。
「旋回するときは翼は下がるでしょう」
「旋回するときはバイクと同じで、左旋回は左の翼が下がりますが、質問は翼全体ではなく、補助翼、エルロンの動きですよー」
あっ、ざわざわと、みんな真剣に意見の交換を始めた。
「やっぱり下げないといけない。下げると風が当たると浮くことがあるけどね。浮いたら機体は旋回する」「そういう風に機体(期待)してるわけ?」「そうそれが旋回(正解)」
ハハハハハハハ。クックックックックッ。
「正解言いますね。上がる。つまり右のエルロンは下がる。右側に揚力が増えて左に傾き、左に旋回する」
「紙飛行機と同じだね。僕。paper planeを作ってる」
「僕はヨットをやってたので」
「なるほど。お二人とも風の働きをご存知だから、さすがにこれまで全問正解ですね」(rolling)
//////////////////////////////////

「Nuits Bleues」 par Delphine Mailland & Philippe Bott
このサイトのLien(リンク)で試聴できます。どうぞ。


«  | HOME |  »

2017-04

  • «
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • »

MONTHLY

CATEGORIES

RECENT ENTRIES

RECENT COMMENTS

RECENT TRACKBACKS

APPENDIX

Bruxelles

Bruxelles

FC2ブログへようこそ!

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。