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クオーレ 愛の学校 :音声朗読

もう30数年前になる。パリに着いて、直後に盗難にあって、すったもんだの末屋根裏部屋に辿り着いた。語学学校に毎日通う余裕も無く(盗難問題解決まで何ヶ月もかかった)独習しようと「クオーレ愛の学校」(Grand Coeur- le journal d'un ecolier)という子供向けの巨大な本を買ってきて、それを読んだり、手紙を書く机代わりにしたりした。本は持ち帰らない主義なのだが、その本は今も手元にあり、この30数年の間に何度か取り出しては、再読している。それほど感動物な書物なのだ。どうしてこれを日本の小学校で教材にしないのかと思う。ある解説書によると、戦前は随分読まれたらしい(「母をたずねて三千里」はこの本の毎月のお話の中のひとつ)が、内容が愛国主義的であるという理由で、近年は良くない本の部類に入れられているらしい。
タレントが何キロもヘロヘロになって走っているのを「感動、感動」と叫び、意味の無いスカスカの感情を感動と教える愚を放送するくらいなら、この本をドラマ化して放送したらどうだろう。この本を読むたびにそう思う。
内容は小学生の日記と、学校で読む毎月のお話からなっている。出てくる子供がたくさんいて、名前がなかなか憶えられない。似たような名前に混乱するのだ。10数年前に子供用の日本語の本を買ったら、それぞれの子供達の顔が描かれていて、その絵と名前を確認しながら読むようになった。学習的に言うと、単純過去を忘れないためにも、お話は時々読んでおく必要がある。
この前本棚をみたら、大学書林の対訳イタリア語版が見つかった。あまり読んだ形跡が無い。イタリア語もいい加減ではあるが、10年以上になるので、そろそろ読んでみようと思って取り出した。これが結構読める。学習的に言うと遠過去になじむためにも、お話は読むべきなのだ。それに考えてみれば、この本は元々がイタリアの本だ。1週間ほど前から少しづつ読み始めているが、今日ふと、音声朗読で聞きたくなった。
なぜなら最近文学作品の音声朗読を割合容易く見つけ出しているからだ。昨日は「ジェーン・エアー」の英文、仏文の原文と音声朗読を発見した。あれは長いのでどちらも、38章中の1章だけにとどめた。時間が無いのでそれも英語で耳で聞いてフランス語の原文を見るという方法をとった。これが結構面白かった。音声で聞くと単に読むより随分と分かりやすい(その分速度が落ちるからかもしれないが)

結論をいうと、見つけ出したのだ。イタリア語の原文と、音声朗読を。この記事を読む方の中にはイタリア語を学習中の方もいらっしゃるかもしれない。それでリンクすることにした。時間が無いので私は今日は「Naufragio(難破船)」だけにとどめた。
Edmondo De Amicis - Cuore : Naufragio イタリア語
前後のペイジや目次に移動することも出来る。Naufragioにセットしているが、どこを選んでも良い。
Edmondo De Amicis - Cuore : Naufragio 音声朗読
まず右側の空白に確認の3文字を入れる。しばらくたってdownloadの指示が出たらクリックする。Naufragioにセットしているが、どこを選んでもよい。
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昨日別のBlogで記事にした「ジェーン・エアー」の英仏音声朗読と英仏テクストのペイジもついでにリンクしておきます。
Blog : 詩集「2N世代」

・・・・・追記:2010年4月25日・・・・・
Carlo Collodi - Pinocchio 原文 
Carlo Collodi - Pinocchio 音声朗読
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一人異国に来た頃(1)

Au Printempsだったか、Parisのデパートに初めて布を買いに行った。シーツ代わりにするためだ。いかにもラテン系のおじさんがどこからともなく出てきて接客する。
「これにしますか。はいはい」
私がこれにすると言ったのに、おじさんはその布を私の手から取り上げて「ついておいで」と言う。そしてここに並んでお金を支払えと言う。布はおじさんがどこかへ持っていってしまった。レジでお金を支払ったのにレシートしかくれない。現物はおじさんが持ち逃げした。ペテンにあったと一瞬思った。おじさんはデパートとは何の関係もない人だったのだと。
「こんなレシートではなく、現物が欲しいんですけど」
と言うと、レジ係らしき人は、あっちに並べと言う。
騙されたのではなく、それがParisのデパートの販売システムだと気づくまでに数分を要した。気分の悪さは数時間残った。

街角の公衆電話からサビーヌに電話しようとダイヤルを回した。うまくつながらない。何台目かの公衆電話で(つまり今までの数台は壊れていた)ようやく繋がった。「もしもし」と向こうの声がする。男の声だ。サビーヌのお兄さんだと直感した。
「Bruxellesですけど、サビーヌは在宅ですか?」とか、いろいろ言っているのに、応答がなくしばらくすると切れた。ムッとする。もう一度かけ直す。また同じ。声は優しい親切な声だ。いきなり電話を切る人の声ではない。おかしい。もう一度かけ直す。その頃、ひょっとしたら、こちらから相手の声は聞こえるが、相手にはこちらの声が聞こえないのではないかと、ふと思った。もう一度かけ直す。また同じだ。その時お兄さんがこう言った。
「ひょっとしてBruxellesかい?Bruxellesだったらよく聞くんだよ。ボタンを押すんだ。ボタンを押さないと繋がらないんだよ!」
サビーヌのお兄さん、どうしてBruxellesだとわかったのだろう。電話のかけ方を知らない人・・つまりBruxellesだろうと連想が働いたに違いない。

私はベルギーのモンスからParisの東駅に列車で到着した。その列車の中で、ベルギー人のカトリーヌと知り合い、東駅で「さよなら」をした後、振り返り「自宅の電話番号教えて」と言った。カトリーヌは印象に強く残るほど魅力的な子で、女優になるために、Parisに学校と部屋を探しにいくと言っていた。お父さんは医者。故郷はのどかな過疎の山村だとも言っていた。
盗難にあったTCのリファンドが、すったもんだの末ようやく全額なされたので、ほっとした気分もあり、カトリーヌに電話することにした。
長距離なので迷わず郵便局に行く。2階のカウンターで、相手の番号を伝えると、繋がった時点で、ズラリと並んでいる電話BOXの、何番目に行けという指示が出る。
電話BOXに入り受話器をとる。カトリーヌのお母さんが出た。
「カトリーヌはParisにいます」
「電話番号教えていただけますか」
「○○、××、?? ○○、××、??」
さっぱりわからない。米国と同じで数字をひとつひとつ読み上げてくれると思っていたのに、意表をついて早口で、2桁づつ番号を言う。
「待って待って、もっとゆっくりお願いします」を何度も言わなければならなかった。

盗難のために、予想もしない展開となり、高級住宅街の屋根裏部屋に住みつくことになった。毎夜星空を見ながら、輝く月を見ながら眠る幸運を手に入れたのはいいが、お風呂がない。突き当りの部屋にいるYOUに聞くと、Parisの風呂屋を教えてくれた。大半が個室だ。シャワーだけの個室にした。
ある時YOUが言った。
「君、クレヨンで絵に描いた顔みたいに、あごの下に、顔の輪郭の黒い線があるよ」
なんのことはない、シャワーばっかりだったので、顎の下が全く洗えていなかったのだ!!  (つづく)

飾り窓の女

飾り窓の女 2005年7月5日 (Tue) 19:29:43

プレーボーイクラブでバニーガールを身近に見てギクッとしたと日記に書いた。実は以前もっと心臓が止まるかと思うほど目で見てショックを受けた光景があったことを思い出した。存在の底にボディーブローを受けるような衝撃で一瞬震えて立ち尽くした。宇宙人を見てもあれほど驚かないだろう。

切符を買ったのは1週間前だった。往復17万円ほどで当時は格安だった。目的のParisまでいかない。Bruxelles止まりだ。しかも南回り、乗り換えに継ぐ乗換えで、30数時間もかかる。うっかり眠ることもできない。食事もむちゃくちゃになる。エアーサイアム、タイ航空で出発。途中ロイヤルヨルダン航空に乗り換えて、、。下を見ると砂漠、砂漠、地球のイメージが簡単にくつがえる。バーレーンやサウジでも機外に出た。ジュネーブでも。
Bruxellesに着いてから列車に乗り換えて都市部に到着。とりあえずユースを探そうとガラガラ荷物を引きずって街を歩いた。広い通りを横切り、坂を少し登り左に曲がったその時だった。一瞬にして目が合ったのだ。でもそれは人間の眼ではなかった。デパートのショーウインドーのようなものの中に人が半裸身で、下着だけの姿で、陳列されていたのだ。人形と思ったものが動いたからだろうか。一体何に衝撃を受けたのだろう。その人からは人間のあらゆる感情が剥奪されていた。人間であって、人間ではない、商品だった。ケイスは幅1m50cm奥行きは70cm位だろうか。その人は奥に入ってしまった。隣のケイスにも下着姿の人形がいた。人間の匂いは一切無かった。何かものすごいものを自分自身で殺している、かといってドラマ性など一切無い。幽霊、そう幽霊を見たと表現すれば、一番近いかもしれない。援助交際などと、綿菓子で包んだようなフニャフニャした日常性からほど遠い。Bruxellesにはまだこんな一角があるのか、政府公認なのだろうか。

Parisで日本人の男の子に話を聞いた。その子はアムステルダムの一角で、女を買ったという。まずガラス越しに値段の交渉をする。その後裏から入るそうだ。実物を見て本人と交渉するのだから、当たりはずれが無く明朗会計らしい。しかしあの幽霊を抱く気になれるものなのだろうか。だとしたら、男の性はあまりに哀しい。(大きなお世話?)
私はL'aigle Noir JPのサイトで邦画NO.1に「吉原炎上」を選んでいる。あの映画を仮に事実とすれば、吉原の女達はむき出しの感情で人間性を忘却することなく、同じ悲運の中を生きている。この違いは一体何なんだろう。

阿倍野筋に阿倍野銀座と呼ばれる通りがある。その奥に直ちゃんの家がある。一度夜二人で奥へ奥へと歩いてみた。昔の遊郭の跡らしい。それらしい建物がある。玄関を覗くと、和装の下着をつけた女の子が並んでこちらを向いて座っている。やり手ババアが玄関先に立っている。”跡”と思ったのは間違いらしい。人通りはほとんど無いがタクシーが一台だけその中の一軒の前に止まり、客が中に消えて言った。人通りはめったに無いのに、各々の玄関には、下着姿の女の子が鎮座し続けている。そして一帯は暗いのに、そこだけ明かりが灯っている。二人して異空間を黙々と歩いた。
日本にもあるのだ。取り締まろうと、放任しようと、公認であろうと非公認であろうと、古代より需要がある限り、世界中から消えることは無いのだろう。
阿倍野筋の裏側、そう言えば、黒岩重悟の小説によく出てきた。作家自身も昔この辺で暮らしていたことがある。そう、占い師をしていたそうだ。

強いショックを受けたせいか、完全に道に迷ってしまった。タクシーを拾って、安ホテルを紹介してくれるように言った。歴史のありそうな健全なボロホテルに案内してくれた。客筋はよかった。ただエレベーターが2重扉でおまけに手動だった。子供のとき市大病院に入院して手動のエレベーターで遊んでいたのでビビルことなく上手に操作が出来た。
戦前父方の唯一の親戚であった、心斎橋の石原のビルにも、2重扉の手動のエレベーターがあったらしい。
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Didier Barbelivien 「A Barbara」名曲名唱である。

She has gone.(4)

She has gone.(4) 2005年3月25日 (Fri) 18:49:46

本当に気まずい夜になってしまった。しばらくして落ち着いたところでChanが自分のことを話し始めた。ボストンに来てガールフレンドができたけれど、基本的にアメリカ娘には色気を感じないと言うこと。やる時は、頭の中でいつも顔を入れ替えているんだよ。男はみんなそうするんだ。女だって,そうする時もあるんだろう?実はね先生、僕高校2年の時から、ほとんど毎日、女とやってたんだ。同級生の子で、受験勉強のために学校の近くに彼女は自分の部屋を持っていたんだ。毎日帰りにそこに立ち寄って。そう。一緒にすることはひとつだけだよ。ブレーキなんか効く筈がない。卒業と同時にそれは終わった。二人とも、やりつくしたんだよ。

Chanはハンサムでもスマートでもない。けれど他の子と何か違う。それは、高校2年間の性の実績に違いない。人生の若き日々は、その体験は、肉体に刻まれ、隠しようもなく人の歴史として、残るものなのかもしれない。

Chanが話し続ける真夜中の時間に2度Mr.Brownからの電話が鳴った。2度ともChanがとり「She has gone」と応答していた。
         ???・ーーー

明け方、うとうとと眠った。モーテルを出ると,寝不足の目に太陽が眩しい。道順は覚えていないが、Chanが自分のアパートに案内してくれた。1部屋はドラムセットが占拠している。そこで初めてwalkmanを耳に当てた。「こんなに小さなケイスから、こんな鮮明な音が再生されるのね、驚き!」
「先生、僕と初めて会ったとき、ブッカー・アービンやマイケル・マクドナルド、マハビシュネ・オーケストラ、ピンク・フロイド、やキング・クリムゾン、マイケル・ノイマンなんかの話をしたんだよ、覚えてる?」
「クックッ、覚えてない。多分、レコード・コレクションの中から、あなたに合いそうな話題を選んだのね、きっと」
「これやってみる?」
引き出しから、マリファナを取り出した。
「タバコよりも害は少ないんだよ」
「私は普段飲んでるお薬だけでもう充分自己加害しているから、いらない」
煙を出して、ドラムを叩いている。この子は何を求めてボストンにいるのだろう。朝食のとき気づいたが、完全菜食主義者だ。レーモン・チャンドラーからとってChanという。これは以前にも書いたが、私はつくづくと彼を見てチャンドラ・グプタ?世から、チャンドラ・プク太、プク太と彼のネイミングを変えた。ここから、どうやってjazz musicianになるんだろう。競争の激しいjazzの本場で。「薬を止めさせないと、あいつは駄目になる」とBicketが言っていた。彼は未来に何を見据えているのだろう。傷ついて、いたたまれなくて、音に救いを求めて、東海岸にたどり着いた、彼も、もう一人の繊細孤児なのだろうか?
「日本から、何か本、送ってあげようか」
「僕、筒井康隆がいい。大好きなんだ。先生も読んでる?先生は誰が好きなの?」・・

夕方「Presidential」のロビーで、さらなる外国から帰ってくる連中と合流することになっている。
            ???・???

帰国して、荷を解いて、しばらくして、住所を聞くために彼の実家に電話した。お母さんが出た。
「あ、先生のこと、日本に居る頃、息子が毎日毎日私に、話していましたよ。素敵な先生だって。息子は大変尊敬しておりました。お手紙書いてくだされば、息子も大喜びします。これからも、どうぞよろしくお願いいたします、、」
あっけにとられた。Chanのイメージが180度回転する。優しさと、愛に溢れた母親の声だっ
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 「L'Atlantique」par Pierre BACHELET et Veronique JANNOT


僕は先生の生徒じゃない!(3)


僕は先生の生徒じゃない!(3) 2005年3月22日 (Tue) 18:47:16

Chan「あー、僕は裏切られた、ショックだ。こんな女(ひと)だったとは・・。夢と希望の風船がいきなり弾けたみたいだ・・」
B「誤解よ。食事していただけよ」
Chan「タンスの中から出てくるかい?」
B「誤解されたくなかったから、、つまり」
Chan「食事だったら食事を続ければいいんだよ」
B「状況的にね、、、ちょっとまずいと思って。立場上。クックックッ、、、でもね、クックックッ、これって本当に大コメディーね。クックックックッ、、」
Chan「よく笑ってられるよ。どうしてくれるんだよ。天地異変で、すっかり言うこと聞かなくなったよ」
B「それでいいのよ。でもどうしてここがわかったの?どうして来たの?何故来たの?」
Chan「僕としては千載一遇のチャンスだよ。電話帳で住所調べて、タクシー飛ばして来たんだ」
B「ああ、そういえば、Bicketに電話して、ここの名前を言ったから。Bicketに聞いたのね」
Chan「あいつの顔が目に焼きついて、一生のトラウマになったら、どうしてくれるんだよ。まさか、先生にこんな目にあうとは」
B「Chanが無茶苦茶なのよ。いきなりだもの。あの人に気の毒よ。吃驚したでしょうよ」
Chan「僕が来なければ、、あいつと・・」
B「違う違う。あの人は敬虔なイスラム教徒よ。私は一人の夜がほしくて、ここに宿を見つけてもらったのよ。今日一日デイトの約束があって、食事が終われば、彼は家に帰るのよ。あの人じっとしていたでしょう。悲しそうな目をして。傷ついたのは、あの人よ」
Chan「本当言うと、外から見えてたんだ。二人の影が映ってたんだ。他に誰かが居るって知ってた」
B「それで、いきなり抱き上げて、押し倒したの?だから、こんなとんでもなくまずい羽目になるのよ。あー、どうしよう。今日はこのまま、語り明かすか、飲み明かすかしかないわね」
Chan「僕に会うのを楽しみにしてるって、Bicketが先生からの伝言だって、僕に言ったんだよ」
B「それくらい普通に言うことでしょう。こういうことは夢にも期待してないわ」
Chan「僕はずっと期待してたんだよ。それも初めて会った時から」
B「あー、あの階段の下で、Bicketが紹介してくれた時のこと?Chanは少し、他の子とは違ったわ。でもね、年下の子を恋愛の対象としたら、それは未成年誘惑罪で、それは犯罪なのよ」
Chan「僕は未成年じゃないよ」
B「生徒を相手にするなんて、よくない」
Chan「僕は先生の生徒じゃないよ」・・

Bicketは4人で2台の車で空港近くのホテルまで迎えに来てくれた。その中にChanがいた。Chanは日本にいた時Bicketのもうひとつのクラスの同級生だった。一度「僕の先生」と言って私をChanに紹介してくれた。「僕もこんな先生だったらいいな」と、すぐにChanが言った。「あなた、セクシーね」「先生の方こそ」そういえば、初対面のときそんな会話を交わした。・・
////////////////////////////////
      「Mourir Demain」 par Gribouille
2004年「Mourir Demain」がヒットしたとき、一瞬Gribouilleの曲がリバイバルしたのかと思った。    


Bicketと連絡がついたよ!(2)

Bicketと連絡がついたよ!(2) 2005年3月17日 (Thu) 19:11:12

教室に居ると、男の子が入ってきた。
「あら、あなた、今日が初めて?」
「朝と夕方と両方来ることにしたんです。近々留学するので。特別コース」「あなたラッキーね。ここの先生美人よ。ところで何の留学?」「とりあえずは語学。ゆくゆくはミュージシャンに」「じゃあ、バークリー?」「そう」
細身長髪の大学生。親に反対されたけれど、アルバイトでお金を貯めて押し切って出発するのだという。一人息子だ。叔母さんがボストンに住んでいて去年の夏休みにすでに2ヶ月滞在してきている。写真を見せてくれた。プールもサンルームもあるアメリカンライフという写真。弁護士の家らしい。
そこへ別の生徒が入ってきて言った。
「先生なんだか今日は楽しそうですね。昨夜いいことあったんですか?」すると新入生がオーバーアクションで仰天した。
「先生!自分が!!その美人の先生って!アハハハハハ、アハハハハ、美人の先生って自分のこと、アハハハハ、アハハハハ」仰け反ったり、お腹を押さえたり、おもちゃの水飲み鳥のように忙しい。
「そんなに笑ったら、腸捻転になるわよ、もう、失礼な人ね・・」
「先生!自分が!!ガハハハ、ガハハハハ、、、苦しい?」
一人で延々と笑っている。バイキングビッケに似ていたのでこの19歳の彼にはBicketという新しい名前を付けた。ミナミの居酒屋の2階で行われた送別会にも招待してくれた。いつもpositiveで機嫌のいい、よく笑う子だ。

そして今回の7人の滞在の1泊目は、とりあえず、このBicketの親戚の弁護士の家に決まった。それ以後は未定。航空券は出発当日、見送りついでに、伊丹で各自に発券屋から直接手渡された。ミンミンの知り合いのエージェントだ。往復航空券のみで一人25,6万渡したように思う。1ドル260円くらいだったろうか、よく覚えていない。少し高い気もしたが、私も他の6人も、あまり深くは何も考えない。何に乗っていくかも、直前に初めて知った。大韓航空の直行便だという。
Bicketには「泊めて頂戴」と電報を打ったら「いいですよ。到着時間がわかれば、車2台用意して空港まで迎えにいきますよ」という、まあ嬉しい返事がすぐに返ってきた。だから伊丹空港で皆でお金を出し合ってRyan氏にお土産を買った。

旅立つ前にNew Yorkのことを少しだけ調べた。危険度別ゾーンマップも入手した。人をまとめていく気はさらさら無いにしても、もしかして一人や二人事件に巻き込まれて、怪我をしたり、殺されるかもしれない。それで「原則自由行動なので、各自プランを練るように。保険に入るように。行動は自己責任で」という文書を配布して誓約書を取り付けた。早速サインした皆の分が集まった。たった一枚の紙切れで皆の態度がガラリと変わり、パスポートやビザや旅行保険や、それなりの手続きも各自でした。
佐野君、原口君、パッシェルの3人は、出発当日の空港で、そういえばそれが初対面だった。

「もう一回電話してみて」とミンミンに言われて、ホテルから4回目の電話をRyan邸にかけた。初めて繋がった!!「そちらにBicket,いえ、西田宏という日本人は居ませんか」と切り出した。「YES」!!「Bicketと連絡がついたよぉー」と叫ぶと、電話機を取り巻いていた6人から、期せずして拍手と歓声が沸き起こった。
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Patricia KAAS 「Une fille de l'Est」

「Allo Allo」(1)

「Allo Allo」(1) 2005年3月12日 (Sat) 18:09:45

やっぱりいない。20数時間も遅れたら当たり前だ。ケネディー空港、1階も2階もくまなく探す。往復の航空券だけを買って何の予約も計画もしていない。大型のレンタカーを2台借りて連中が待ってくれていた筈だ。諦めきれずにそれでも探す。意気消沈とはこのことだ。がっくりきている。おまけにこちら側の彼らには荷物もない。機内に積み込んだ荷物は一足先に到着して倉庫の中に入ってしまっている。今日は日曜日なので、明日にならないとその荷物とも再会できない。7人のうち4人は初めての海外旅行だ。伊丹空港には、7人に対し7人以上の見送り人がいて盛大に出発してきた。
佐野君のお父さんは三宮の名物の「えびら飴」を皆に配っていた。「えびら飴もらいましたか?」と聞かれて「海老ラーメン?」何のこと?と思った。妙に印象に残っている。ECCのクラスのMEG夫婦は見送りのためだけに。天草と田中君(Rod)にはそれぞれgirl friendが。天草の父、つまり私の従兄もやってきて天草に電子翻訳機を渡している。パッシェルには妹のミッシェルとお母さんが。メンバー間にはたいして横の関連はない。「ニューヨークに行きたいな」という話を誰かがクラスでして、それに天草が外部から加わって、途中で引っ込みがつかなくなってしまった。クラスからの参加者はミンミンとRodの二人だけ。ミッシェルはクラスの生徒だが、ミッシェルの代わりに姉のパッシェルが参加した。誰が名づけたか知らないが、ミッシェルの姉でパッパラパーに見えるからと、その女子大生の姉は即座にパッシェルと名づけられた。ミンミンは別にセミでもギョーザ屋の子でもない。非常にまじめなのに、どう見ても遊び女に見えてしまう妙齢の女性だ。佐野君は天草の大学のクラスメイト、原口君は天草のお父さんの仕事関連の若い大工さんだった。佐野君のお父さんが、少し年配のMEGの所に挨拶に行った。「息子のこと、どうぞよろしくお願いします」MEG「私、見送りだけです。先生はあちらの方です」佐野君のお父さん、MEGが指差す私の方をチラッとみて、どう思ったのか、動かなくなってしまった。

「とにかくホテルを探してください」とミンミンが電話帳を持ってきた。電話をすれば空港近辺のHOTELから迎えの車が来る。それを電話で呼べというわけだ。気が進まないが、明日の月曜日荷物を倉庫にとりに来なければならないので、とりあえず空港近辺で一夜を明かすしかない。着いたばっかりで足止め。電話機を手に取る。「もしもし、今夜一泊、7人です。・・」
「先生、今、Allo,Alloって言いましたよね」えェ??「ここはアメリカ、ニューヨークですよ」
しまった。英会話の講師が無意識とはいえ生徒の前でAllo,Alloと言ってしまった。こういう時に限っていい耳をしている。
言われたところで待っていると迎えの車が来た。電話も車も当然無料だ。ホテルに着いた。女3人はツインルームに簡易ベッドをひとつ入れた。じゃんけんをする。私の負け。簡易ベッドだ。このパターンはその後も延々と続いた。「どうして私ばかり負けるの?」「だって先生、チーしか出さないもの」(読まれている)荷物と離れ離れの気の毒な人達のために、パンティーやサプリメントや、タンポンを配給してあげる。私はいつも機内荷物を持たない。その割りに手荷物から何でも出てくるので、パッシェルはそれを魔法のBagと名付けた。(つづく)
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「Au pays des merveilles de Juliet不思議な国のジュリエット」
           par Yves SIMON
昔この人の「カルチェ・ラタンの孤独」というアルバムを持っていた。この人もNicole Louvier同様、小説「虹の男」「彩られた日々」でまず注目され、後に俳優デビュー、歌手デビューした。ソルボンヌで文学を専攻し、、もろ五月革命を、ヒッピーのハートを、体現していた人。


モンスにて、イギリスの子供たちと

モンスにて、イギリスの子供たちと 2004年10月6日 (Wed) 17:31:41

Bruxellesで思いっきり甘やかされて、本人もこれではいけないと気づき、Parisに向かうことにした。途中Monsで下車。行き当たりばったりだ。ユースに向かう。白壁に木枠の家。素敵な街だ。ちょっと田舎風のマダムが出てきた。遊びつかれたので、ここでとりあえず休もう。おや。誰もいない。こんな大きな所に私一人?嬉しい。この静寂は有難い。広い広い部屋に通された。真ん中のベッドに荷を解く。身体を横たえる。居心地最高。しばらくするとガヤガヤと、あれ、集団だ、しかも子供の。どうせ別の部屋、別の棟に行ってくれるだろう。

ハッと気づいて吃驚した。以前地下鉄で卒倒した時のように、目の前に顔が円形にズラリと並んで、しかもその顔はベッドを幾重にも取り囲んでいる。な、なんなの。私は寝入っていたようだ。部屋中の子供が、珍しい先客を見物中といったところか。ニコニコ笑って、興味津々、好奇心丸出し。私は起こされて機嫌が悪い。ムッとしている。子供たちはしきりに言葉を捜している。
「気がついた?」「...眠いんだけど」
愛想の悪い人にどう話しかけようか、心をくだいている様子。私の黄色いピカピカ光る直径25cmくらいのボールに目を留めた。
「黄色いボール持ってるの?大きなバッグも黄色いね」
「そう、本人も黄色人種だからね」不機嫌は続く。
「You are yellow.But you are beautiful」
耳が直立する。顔が突然ニヤける。
「あの、可愛いお嬢ちゃん、もう一回言ってくれる?」
「You are beautiful」
途端に機嫌がよくなり、満面の笑み。疲れまで吹っ飛んだ。あまりに嬉しくてその子のほっぺにキスした。するとベッドを取り囲んだ全員が、自分の頬をぐっと突き出し、人差し指でそのほっぺを示し、口々に「You are beautiful」の大合唱。ピーチク、パーチク。なんて可愛い小雀さん達。目が思いっきり甘えている。
体勢を立て直し、右端から順番に、ぐるりぐるりと全員にキッス。あはは、そしてみんなで笑いあった。

「あなたたち、柔道教えてあげようか」
「うん、教えて」柔道なんか全く知らないけれど、遠縁の子供をいつも投げ飛ばしている。
「順番にかかってらっしゃい」
ドタンバタン・・ドタンバタン・・・。
そこへスミス先生登場。あっ、まずい、お小言か、お叱りか。
「スミス先生、このひとね、...」ちゃんと紹介してくれる。
「子供たちをよろしくね」スミス先生満面の笑み。

夕食の後、一緒に出かけないかと誘ってくれた。
「今日はもう寝る。いってらっしゃい」
子供たちが帰ってきたのは深夜の12時を過ぎていた。ベッドにやってきて「ただいま」。しかも、顔を真っ赤にして酔っ払っている。
「あなた達、就寝時間は決まってないの?お酒は許可されてるの?」
「なんのこと?眠くなれば、寝るだけよ。何も決められてない。酔っ払ってるわけでもないし」
くだらない質問で興醒めさせてしまった。「また明日ね」

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「Sacre Charlemagne」  France Gall


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