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賢者の選択

目が疲れると頭も一緒に疲れてしまう。夜はずいぶん早くから眼を閉じる。同時に頭も仮眠状態。それでも眠るほどではない時間なのでTVをつけてウトウト。

若くて美男子な経営者が出ている。番組タイトルは「賢者の選択」という。Top Runnerの企業人バージョン?それにしても若い。

平成10年の7年前お父さんが亡くなって、その時1200億円の借入金があったとか。親族は相続放棄して負債も一緒に消すのが賢明と主張したらしいが、彼はそういう選択はしなかった。
途中からチャンネルを合わせたので、この人が何者かよくわからない。途中で三洋電機クレジットに300億円の融資を受けている。頭がついていくには金額が大きすぎる。しかしその美男子の名前に見覚えがある。

彼は会社復興のためいろんなプランを打ち出していく。経営企画室と言うのを発足させる。ここにアメリカの超一流のコンサルタント会社を招いて、組織と経営の大改革をはかる。何しろ1200億円の債務だ。大鉈を振るうしかない。しかし、ここで踏ん張ったときに、彼は企業人として、凡人が発想し得ない何かに気づき、何かを学んだのだろう。
「父の時代は、全く個人商店だった・・」彼はおそらくここで、組織の活性化と資本主義経済の奥行き、最先端の経営のノウハウを身に着けていったのだろう。

asset financeという言葉が出てきた。貸付債権の証券化、という言葉も飛び交う。経済の本にバブルの末期から盛んに登場してきたいわゆるsecuritalizationのことだ。言葉ばかりであんまり断行したと言う話は聞かない。彼はそれを断行する。・・

何歳なのだろう。このままジャニーズにいけそうなこの人。早稲田大学大学院修士課程を修了している。お父さんが亡くなった時は、まだ大学生だった?
話し方に物凄く意欲を感じる。若くなければこれだけの重荷を背負って、人生のスタートを切れないだろう。何が彼を支えているのか。何故この人がここに出ているのか?

最終的にシティー・グループに会社を売却する。えぇ!!話はそれで終わるの?それで終われば、番組に登場する筈が無い。
彼は新会社を設立する。彼の抱えている強烈な経営新ビジョンで、多くの人を説得、共感させ、すでに新企業人として成功しつつあるのだろう。話は新会社に移っていく。この辺でようやく眼が覚めてきた。

新会社の名前はシークエッジ(sequential+edge+seek)。過去の体験を活かして、どうやら経営コンサルタント業務がメインのようだ。投資事業、資財の証券化、財務アドバイサー、ビジネスモデルの商品化等等。ほかに新規に介護事業、不動産事業、人材派遣と時代を読みきった事業を展開していく。
この美男子でスマートな経営者はあっという間に、ほりえもん、を超えるかもしれない。本社は六本木ヒルズに移転している。
組織や資本構造の不透明な部分をclearにすることで、ビジネスを生む・・と言う。彼のもうひとつのビジョンは中国進出だ。すでに実行に移されている。リスクもあるが、躊躇してはおれない。
中国に眼を向ける経営者は多い。安いコストを見込んで、生産を中国に移すー今やあらゆるメーカーの常套手段だ。そして、巨大市場としての中国、放っておく手はない。しかし彼の考える中国は、生産拠点や有望市場としての中国ではない。中国の資本主義化で取り残された分野、つまり金融システムと資本主義経営理論の商品化だ。なるほど。そこは手付かずの未開のマーケット、まるで需要の原始林だ。しかも見えない金融システム整備のビジネスなら、競争相手は今いない。その需要は切実かつ膨大だ。唸ってしまった。

最後に司会者が夢を尋ねる。
ロスチャイルドのような・・」と美男子は答えた。
彼を支えているのは、この壮大な夢、遠大なビジョンなのだろう。・・
この少年の面影を残す青年。この青年、美男子ぶりは緑風さんに似ている。それも当然、彼は、その旧社名から紛れも無い、緑風さんのお兄さんのご子息であることが、番組途中で判明したのだった。

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「Une Fois Mais Pas Deux」 Brigitte Fontaine Il etait une fois il etait une fois mais pas deuxと歌いだす。
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月餅

今日はこちらの「月餅」の記述のあるBLOGにTRACKBACKしました。


滞在型の語学学校で、ハイソな中国人のLadiesに日本語を教えたことがある。三人とも実家は香港、ロンドンの大学に留学中。三人とも15歳からイギリスで教育を受けている。中国人と言ったけれど、国籍は一人はアメリカ、一人がイギリス、一人がカナダ、三人とも外国籍を既に取得している。おまけにイギリスでは日本人の個人教授について、日本語も勉強している。夏期休暇中に日本語を学ぶのは、今回が初めてではない。去年は三人でマンションを借りて新宿の日本語学校で夏期集中講座を受講している。三人の中の一人、Nはこの学校に以前3週間滞在したことがある。三人ともパソコンとケータイ持参でやって来た。
パソコンの画面で、今年や去年のバカンスの様子を見せてもらった。ニューヨークやミラノ等に、年に3,4回は家族旅行をしている。
ツンツンお嬢様ではなく、性格もとても素直で、年齢以上に礼儀もわきまえている。ハイソで大変気持ちのよいChinese Ladiesに出会えて、私の中の中国の印象は飛躍的に上昇した。

さらにそれに一役買ったのが、毎回どうぞと、おすそ分けしてくれるお土産の”月餅”だ。食い意地の張っている私にはピッタリ。4分の1個を一回に食べるのだけれど、食べ応えは満点だ。
月餅と言うだけあって、月を愛でながら食べるお菓子らしい。いわれを聞くと七夕と、中秋の名月を一緒にしたような歳時記菓子のようだ。菓子缶にはウサギの絵も見えるが「ウサギが月で餅をつく」と言う話は全く聞いたことがないと言った。

インターネットで”月餅”を検索すると次々色んな月餅が出てくる。Nの持ってきてくれたのは、紛れもない香港の本格派のようだ。私は菓子類はあまり好まないが、もう病みつきになってしまった。中に入っている卵黄は鶏卵ではなくてアヒルの卵を塩漬けにしたものらしい。これが月を象徴し”月餅”と言う名前の由来にもなっている。筆舌に尽くし難い味なのだ。私が菓子類をあまり好まないのは、本来の食事の前に、まがい物をお腹に入れておきたくないからだ。
この”月餅”は違う。月餅を食し、お茶を味わうだけで、まるでフルコースを食べたあとのような満足感を覚えるから、不思議だ。

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Yvonne GEORGE 「Les Cloches De NANTES(ナントの鐘)」

さすらいのGambler

さすらいのGambler 2005年2月5日 (Sat) 18:28:28

4,5年前に人から聞いた話だ。情報ソースを仮にK子としておく。K子の男友達の一人に製薬会社で働くL君がいた。K子が私の家に来ているときに彼女の携帯に電話が入った。月曜日に会って食事しようと誘ってきた。
「今の電話誰から?」

L君はMRとして働いている。仕事が終わるとすぐに日帰りで和歌山にいく。そして土、日は韓国だ。L君は、勝つときもあるし負ける時もある、というGamblerではない。一晩で数十万から数百万を稼ぐ。”仕事”に熱心で寝る暇はないようだ。
「どうして毎回勝つの?」
すごく頭のいい子で、勝ち負けの原理を数学的に割り出したらしい。L君が仮に、負けるとしたら、怪しまれないために、時にワザと大げさに負けるくらいだ。蛇の道は蛇で、日本全国のそういう場所を知り尽くし、遠いところは飛行機で日帰りする。もう顔を覚えられ、ほとんどの所で出入り禁止だ。

「そのうち日本ではするところがなくなるね」
韓国が狙い目らしい。ギャンブルは公認されている。もうラスベガスにも何回も行った。”仕事”そのものに何の不安もない。問題は通関時だ。大量の紙幣を怪しまれずに、どのように持ち帰るか。勿論出国時にも大量の投資資金を抱えている。一応毎回シナリオを準備する、そこで一番苦労するらしい。

L君はK子にプロポーズしたようだ。K子にノウハウも教えた。K子も飛びぬけて頭のいい子ですぐにマスターした。一度二人でラスベガスに行った。その時も3百万ほど勝ってきたらしい。
「3000万円貯まったら、薬局を出す。それで生活をまず安定させる」L君が言ったそうだ。もう3000万円は貯まっていそうなのに、けれども一向にその気配はない。「今はマダガスカルに行っている」という。マダガスカルはギャンブラーのパラダイスなのだろうか?それにしてもマダガスカルは遠い。彼はついに一部上場の会社を辞めた。仕事を換えた。
「Kちゃんは、どうするつもり?」
「結婚してお父さんの職業欄に記載できないような仕事はしてほしくない」K子は完全に引いている。

留まるところを知らぬL君、薬剤師で賭博の素人なのに、20代でついに、ミナミにカジノを開いた。
「すぐに摘発されるよ、きっと」
「自分の名前は一切出してない。もうスタッフもいるし、表面的にはどう見ても、普通の店のようにカムフラージュしている。その辺はあの子頭いいから」
なんだか劇画本のようなストーリーになってきた。

「Kちゃん、その後L君はどうしてるの?」
L君は6000万円の損失を出したらしい。ヤクザにインネンをつけられ、脅迫された挙句大金を奪われた。
「Kちゃん、断ってよかったね。その子いずれ丸裸になるか、丸裸にされて海に沈められるかしそうだもの」
「そんな目にあっても、まだやる気満々なの。ついてゆけない」

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東京都の石原都知事が、東京カジノ構想を打ち出した。時代は変わる。この後、4,5年もすれば、L君、時代の英雄になっているかも知れない。

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「Le temps des colonies 植民地時代」 Michel SARDOU


誰だかわかる?(2) すれ違い

誰だかわかる?(2) すれ違い 2004年12月22日 (Wed) 22:08:28

天秤座の優柔不断とはよく言ったものだ。実はギリギリまで迷って約束の1時間前にキャンセルした。食べることも飲むことも普通に出来ない昔の友人に会いに行って・・・見るのがつらいだけなのではないだろうか。新たなショックを受けるだけではないだろうか。彼はそれを望むのだろうか?

いつだったか、新築の家に引っ越したから遊びにおいでと、迎えに来てくれた。両親が共働きして自分達の家を建てた、前よりずっと広いけれど、その分田舎だと言った。商店街でも住宅街でもない、大きな湖のそばにポツンと建った2階建ての家で、家人は留守だった。新しい家ってなんて気持ちがいいんだろう。
ステレオがあって二人でレコードを聴く。この人がどんなレコードを聴くのか今まで考えたこともなかった。
「確か、妹さんがいたんじゃなかった?」
「今日はいない。恋人いるの?」
「いない」「少し踊ってみないか」
手と手を取って真似事のように踊った。踊ったというより、ほんのしばらく身体を合わせていただけだ。ハッとしてすぐに身体を離した。
「僕だから理性が働くけど、君、他の男だったら、きっとヤラれているよ」ポツリと言った。「ええッ?」意味がよくわからなかった。幼すぎて、男の行動パターンというものが理解できていなかった。今彼の言っていることは、とても大切なことで、この先、同級生であろうと、友達であろうと、恋人であろうと、男性の雄の部分を常に認識しなければいけないのだと、その時直感的に思った。二人ですぐに家の外に出た。

針君に会いに行こうと誘ってくれたのは、針君の友達の中山君だった。午後2時、富田林の駅で。針君の留守電と、中山君にキャンセルの電話を入れてからも、まだ迷っていた。義眼を含め、顔の内部まで義顔であったとしても、自分がショックを受けるからといってキャンセルするのは薄情ではないか。中山君と一緒に行って針君を激励すべきではなかったか?
やはり行こう。すぐに支度をして出かけた。遅れないように遅れないように、電車の中を歩きたい心境だった。富田林駅に着いた。誰も来ていない、時計を見ると10分遅れている。その辺にまだいる筈だ。探そう。

結局会えなかった。駅に戻ってさらに1時間待った。「富田林駅の西口って、ここですよね」駅員さんに聞く。「待ち合わせですか?富田林西口という別の駅がもうひとつ向こうにありますよ」「ええェ!!」

家に帰ってぼんやりしていた。そうだ。昔、満員電車の中で50円玉を私の身体の中に首元から押し込んでくる痴漢がいた。日に日に大胆になってきて・・・。針君に話したら、彼の友達2人を連れて、朝のプラットホームで待ち伏せをしてくれた。
「あいつよ!」と合図したら、3人で男を取り囲んでくれた。男はびっくりして腕を振り回しながら一目散に逃げ出した。

すると、その時のメンバーであった中山君と吉田君が、その夜の9時前に「こんばんわ」と突然やって来た。?
「どうだった?」
「今年の夏、車運転して白馬に行ったらしいよ」
「食事以外、生活に不自由はないの?」
「言葉が聞き取りにくいから、僕らもほとんど筆談だったよ」
「Bruxellesさん、心に葛藤があって迷ったんだったら、来なくて正解だったかもしれない。僕らもつらい部分もあったし。針は残念がっていたけどね。もう時間がない。これが最後だったかもしれないから」

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「Joyeux Noel」 Mathieu Rosaz

「誰だかわかる?」

「誰だかわかる?」 2004年12月20日 (Mon) 21:17:52

ガラガラと戸が開いたので、出て行くとその人が立っていた。少し微笑んでいる。
「誰かわかる?」
「それより、よくこの家覚えてたね。針君でしょ。どうぞあがって」
「今、市役所に行って中山に会ってきたんだ」

「お母さん亡くなったって聞いたよ」
「ちょっと待って。今ジュースでも出すので」・・
「僕、何も飲めない」
「じゃ、何か食べる?」
「僕食べられない」「何故?」
「僕の顔、よく見て。昔と違ってるだろう?」
「同じよ」
「僕、顔、半分復元してるんだ」
「どういうこと?」
目の後ろに癌ができて、小脳の一部を含め、その辺りを切り取ったのだと言う。
「目も義眼なんだ」「ええっ!!」
「顔の左右のバランスもとれてない筈だ」「食べ物は全部、すり潰してしか。飲み物も飲み込めないんだ」ヤメテヤメテヤメテ!

最後に会ったのは・・17,8年前。SSとのドライブのついでに針君の職場(富田林市役所)に立ち寄った。あの時結婚式の2日前に式をドタキャンされたと嘆いていた。
「波乱万丈の人生だよ、僕の人生は」そう言った。
「それは単にフラれただけ。自分の生活の基盤が揺らぐような冒険がないと、波乱万丈とは言わない」私はそう言った。

「後、半年もしたら、バランスも記憶力も、もっともっと悪くなっていくんだ。今のうちにと思って来た」・・

高2、高3の同級生だ。彼の席は私の斜め後ろで、仲の良い4人グループの一人だった。
大学を出て、一度は洗車機メーカーに就職した。仕事が向かないのですぐに止めて、来年公務員試験を受けるつもりだといって一度、自転車で家に来たことがあった。大学1年のとき、親戚がいるというので、米国留学もしていた。帰国してカッコ良くなって、病気でへたり込んでる私のところに来た。
山(葛城山)に連れ出してくれた。フォークフーテナニーにも。最後に二人でステイジに上がって「♪友よ、夜明け前の、闇の中で、友よ、戦いの炎を燃やせ・・♪」と肩を組んで大声で歌った。ボーリングを教えてくれたのも彼だった。当時私は万博で貯金を使い果たし、いつもポケットは空だった。貧しい身なりで出て行ったら、アルバイトで得たお金で、洋服をワンセット買ってくれた。その店で着替えて、古い服はその場で捨てた。
私が詩や小説ばかりを書いている頃、彼は初ボーナスを頭金に、新車を買って初ドライブにも誘ってくれた。「ここは香落渓っていう紅葉の名所なんだよ」・・・

針君、何故彼が、よりによって、こんな目に遭わなければならないんだろう。発病は家を買った直後だったらしい。勿論妻子もいる。
改札まで見送っていった。
「このごろパーティはしないのかい?」
「針君のためのパーティしようか」
「連絡楽しみに待ってるよ」笑顔で手を振って階段を下りていった。
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「Quand la Charlotte prie Notre-Dame」
  シャルロットのクリスマス by Marie DUBAS

L'incendie criminel

L'incendie criminel 2004年12月15日 (Wed) 16:50:33

斜め向かいの人が、家から出てきて「ああ、燃えてるねぇ」とのんびりした声で言ってまた中に入った。何のことかと不思議に思っていると、近くに下宿している母方の従兄弟の予備校生が家に駆け込んできた。「Bちゃん、裏の家が燃えてるよ」
吃驚して裏に行くと波のような炎がこちらに向かっている。裏のアパートがすでに燃え上がっている。どどどうしよう。とりあえず電話。119番。早く来てほしいのにのんびりした口調で、ご住所は、お名前は、・・と聞かれる。消防署は近い。車で2分とかからない。まだかまだかと待ちながら、まず消火作業をしなければと、バケツに水を汲みにいく。チョロチョロとしか流れてこない。水圧が極端に下がっている。そこへ電話がかかってきた。姫神さんからだ。「あの、今、家が燃えてるから、また後で」と電話を切る。従兄弟の勝利は「オヤジに知らせて来る」と言って出て行った。田舎に住んでいるオヤジに知らせて、どうするつもりなんだろう。さて、何を持って逃げようかと思って、一旦表に出てみたら、一番端の家の人は、布団を前の道路に持ち出している。カンカンカンカン、カンカンカンカン。・・。もう一度裏に行ってみる。炎が大波のように家のトイレの屋根を舐めている。一刻を争う。表に出てみる。消防車が来た。
「こっちですよぉー」誘導する。消防士さんたちがホースを持って突進してくる。「この上に上がってください。炎が大波のように来ています」梯子をかけて消防士さん達が5,6人家の屋根に上がる。ホースは物凄く重くて一人では支えきれない。水をどこから確保するのだろう。消防士さんの声が聞こえる。「風圧××ミリバール」なるほど、ここまできたら水をチョロチョロ出している場合ではなく、勢いづいた炎の方向を変えるのが最善の策だ。もちろん水も出ている。

結局裏のアパートは全焼。我が家は屋根の瓦がずれて水浸しになったが、類焼は免れたようだ。炎は屋根瓦の半分を舐めていたが、室内まで入ってこなかった。消火がすんで、何台もの消防車が帰っていった。端の家の人は、結局布団を泥まみれにしてしまった。
騒ぎを聞いて天草がバイクでやってきた。何も知らない母が、のん気に帰ってきた。すぐ後に姫神さんが「のり」を持って火事見舞いにやって来た。電話を切られて、すぐに駆けつけたらしい。

何部屋あったか知らないが、40人くらいの人が焼け出された。夫婦喧嘩が原因の放火だった。木造平屋建てのアパートは2分もしないうちにボッと火が横に走り、すぐに縦に燃え上がる。炎に包まれるのはほんの一瞬の間にだ。火事は怖い。

2日前にもカンカンカンと次々と消防車が来た。表に出ると、むかえの院長が、引きつった顔で自転車に乗って走り出した。方向は院長が新しく建てた別宅の近くらしい。私も広い道路まで出た。吃驚した。煙がモクモクとあがっている。見たこともない物凄い煙だ。院長は角を曲がって煙の中へ突進して行った。

院長は「ああ、吃驚した」と言いながら、自転車で帰ってきた。82歳なのにとても元気な院長だ。またもや全焼だった。住宅街の真昼間。しかも消防署が近いのに。誰もすぐに気づいて119番しなかったのだろうか。
夕方のニュースで見たら、留守宅への放火だった。昨日報道カメラが来ていた。被害者宅の人たちは何度も警察に相談していたらしい。現在女のストーカーが事情聴取を受けている。
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Michel SARDOU 「Je vais t'aimer 愛の叫び」


メルヘン少年(2)

メルヘン少年(2) 2004年11月27日 (Sat) 17:25:55

ミルクの匂いがした子供は高2になってバンドを組んで、学園祭デビューした。ドラムス担当。親族でもないし行かなかった。そしたらしっかりビデオに録画して「見てくれ」と家まで持ってきた。一緒に見る。終わった後、仲間と肩を組み合って、飛び跳ねている。楽しさ爆発。

その夏は伯母さん達とタイに出かけた。そこでメルヘン少年がちょっとした通訳もしたのだという。小さな象の置物をお土産に持ってきてくれた。

3年生になると「早稲田にいきたい」と言い出した。動機付けはしっかりしてある。私の母の入院、葬儀、彼の祖母の入院、それまでいろいろあったけれど、夏休み明けから、追い込みに入った。彼のためにオリジナル問題集を作成。素材のひとつはウォルフレンの「The Enigma of Japanese Power(日本国家権力構造の謎)」。生徒が訳をほしがるのは経験上知っているので、訳を付けて出題する。日本語にしてノートに写す時間の無駄を省くためだ。答えられない問題は、日本語訳を見ても答えられない。そういう出題の仕方をする。素材のもうひとつは松岡洋佑大演説集より、松岡全権のジュネーヴ及びサンフランシスコにおける演説。このテクストは国会図書館から借りて、コピーして,これを素材にオリジナル問題集を作った。クリスマス以後は早稲田の過去問、いわゆる赤本をする。英語を正しく学習すれば、ついでに国語力もつくように、問題を解くだけでなく、赤本にもオリジナル問題を付して思考訓練もさせる。
地理は本人に任せておこう。大体の心づもりは出来ている筈だ。

年が明けて「関学に受かりました」とおばあさんがやって来た。「銀行からお金を出して振込みに行こうと思うのですが、あの子が、振り込むなと言うんです。せっかく合格したのに」・・結局払わなかった。

2月。次は本人が来た。メルヘン少年早稲田大学政経学部現役合格!!よほど嬉しいらしく床の抜けそうなこの家で、30分ほど立って飛び跳ねていた。それから寝転がって、やっぱり30分ほど跳ねていた。狂喜乱舞するとは、まさにこのことだ。彼なりに意を決して頑張ったのだ。そんなに喜べることは一生に何度もない。「おめでとうメルヘン少年」
すると「今日この家で夜を徹して朝まで酒を飲みたい!」と叫んだ!ニベもなく断ってしまった後で、ふと考えた。本物の父や母なら、きっとそうしたに違いない。

春、桜の咲く季節になってメルヘン少年から手紙が来た。
「僕には夢が二つありました。ひとつはオヤジと同じ早大生になること。もうひとつは大人になったらオヤジと肩を並べて酒を飲むこと」・・・
これまでもずっと、今も、これから先も永遠にメルヘン少年には両親がいない。そして私はそれをどうすることも出来ない。

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Jean-Louis Aubert 「Vivant Poeme」
  Text de Jean Louis Aubert :Musique de Barbara

メルヘン少年(1)

メルヘン少年(1) 2004年11月19日 (Fri) 17:32:09

向かいの院長夫人の依頼だった。出向いていくとその子はおばあさんに捕まえられて私の前に現れた。ミルクの匂いがする。
「中学2年になったばかりです」
「親戚の中で男の子はこの子だけです。Bruxellesさんに来てもらって先生(院長)が一番喜んではります」
院長は喜んでいるかも知れないけれど、子供本人はまだ逃げようとしている。
「恥ずかしがらんでよろしいがな」おばあさんに叱られている。
子供はキャッキャと笑いながら、まだ逃げようとして部屋の中を走り回っている。小学生にしか見えない小さな子だった。

病院の前で、おばあさんに連れられたその子供に会った。顔に絆創膏を張っている。ー
「友達が来てこの子の部屋を荒らしますねん。お昼のお弁当を取り上げて勝手に食べます。挙句の果てに暴力です。学校にも言いに行きました。学校はな?んにも手を打ちません」
「いじめられてるの?」子供は黙っている。
「今度その友達が来たら、電話してください」
「おばあさんしか居ないと思って、なめてますねん」
「お弁当、取り戻さないとね。手で負けるケンカは足で。ハイキックとローキックと、後ろ回し蹴り、しかもスピードのあるのを正確に覚えること。ボクシングだったら、プロ仕込みの本格的なのを教えてあげる。実際使わなくても、自分の腕力に自信があれば、そしてそれを態度に見せれば、それだけでも相手は怯む。後は。もっと大きくなること。それと、クラス40人中25,26番じゃなくて最低でもトップ3に入ること。それも時間をかけずに、いきなり大変身しましょう」

数式を見てグラフがかけない。グラフを見て数式にできない。一般動詞とBE動詞の区別ができていない。読書習慣もないし、表現力も未開発。しかし得意科目がある、社会。ノートをきっちりとっているのを見て驚いた。フランス革命の流れも、イギリスの議会制度の発達に関して質問しても、口頭説明ができる。

高校になってドラムスクールに通うようになり、家にドラムセットも買った。「そう言えば、私も昔ジョージ大塚ドラムスクールに通っていたことがある」と言ったら、音楽ルームに連れて行かれ、叩いて見せろ、と言われた。ドラムだってケンカと同じ、左右の足を自由に使えば、多少格好はつく。思い切って20数年ぶりに叩いてみる。「わぁー、カッコイイ」と拍手してくれた。冷や汗もの。

ある夜、いきなり家にやって来た。昨日の夜親戚中よってこって、絞られ、泣かされたという。「また何故に?」
理系(彼の場合は医学部)か文系かで大揉めに揉めて、どうしても文系に行きたいといって、皆から大反撃にあったらしい。
「病院を継がなくちゃいけないからねぇ」
「医者になんか、なりたくない」「どうして?」
「人の命を預かる仕事なんて、怖くて自信がない。もし、死にでもしたら・・」

夏休みになっていつものように母方の実家に帰った。そこから写真が送られてきた。写真を見て、初めて気づいた。身長が177cm近くに伸びている。奈良県の川上村、天川村の近くだ。山あり川ありの大自然の中で、長い手足を伸び伸びさせて、夏別荘のような家のバルコニーで笑っている。なんてカッコイイ写真なんだろう。豊島区で心理療法士をしている友達(蓮見さん)に「最近はこんな子が我が家に出入りしています」と書いて送った。
5歳までに父、母を相次いで病気で亡くした。どちらの顔もどんな人かも、よく憶えていないと言う。看護学生の姉と、77歳の祖母の3人暮らし。伯母さん一家の建てたマンションに住んでいる。保護者も保証人も後見人も、院長と院長夫人(伯母)。いくら代理の父母が居ても日常生活のこまごました部分に父や母の愛情ある視線が常に注がれているわけではない。家ではいつもおばあさんに、ブツブツ不満ばかりをぶつけている。

蓮見さんから返事が来た。お話を聞くとあまりにメルヘンティックなので、この少年を「メルヘン少年」と名付けましょう、と。メルヘン少年の写真は、蓮見さんから芦原さんへ、芦原さんからRyookoへと回って、Bruxellesのニセの息子(?)長身のメルヘン少年の存在は私の友人たちの知るところとなった。

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TELEPHONE 「T'AS QU'CES MOTS 」


メケメケよくある話さ(2)

メケメケよくある話さ(2) 2004年11月3日 (Wed) 17:17:18

NNの家は3分くらいしか離れていない。一緒に新年を迎えたいと突然大晦日に家に来たこともあった。練習問題をやってる最中に突然立ち上がって、くるりと振り向いたかと思うと、お尻をむき出しにし、私の顔の前に持ってきて、右手でペンペンと叩いて「キャッキャッキャ」と喜んだこともある。あっけにとられて笑えなかった。私が無反応だったから、NNはすぐにシュンと素に戻った。
「今の、見なかったことにするからね」「ハーイ」
いつか英文解釈で「トンズラ」という言葉が出てきた。「Bちゃん、それ何、豚の顔のこと?」と自分の鼻をぎゅっと押さえながら言って、大いに笑わせてくれた。「濡れ衣を着せる」の時は「Bちゃん、それ何、ぬれた服を着せるの?」もう笑うしかない。

大北氏と付き合い始めて8ヶ月位した頃、また家に押しかけてきた。勝手知ったる他人の我が家。灰皿やライターを勝手に出してきてプカプカタバコを吸う。空気清浄機を買うか、NNを家に入れないか、どちらか早急に決断しなければ。
「Bちゃん、大北さん会社辞めた。吃驚した事に、絶対別れないと思っていた奥さんと、別れた」
「また何ゆえに」
「Bちゃん、着服って服を着ること?」甘えたバカ声を出しておどけて言う。
「クックックックッ、そんなに笑わせてくれなくてもいいから」
「大北さん○○○○万円横領着服したという噂があって。本人は誤解だって言ってる。私はOちゃんを信じてる」
「そんな噂、名誉毀損で訴えるべきよ。もし無実なら」
「実は、噂じゃなくて、全社に張り紙が出た」

大北氏は訴えられることもなく、別のホテルに職を得た。NNもホテルをやめた。そしてしばらく遊んでから、中堅商社に転職した。さすがにNNが無理に押しかけてきて話す回数は少なくなった。2度、一緒に海外旅行をしたと写真を見せに来た。それから、大北氏が新車のベンツを買って、自分は助手席に乗って、長距離ドライブをした話。そしてドライブ中に、今度の新しいホテルのオーナーから電話がかかり「訴える」と言われたこと。大北氏、顔色ひとつ変えることなくNNの肩を抱き、片手で運転しながら「どうぞ。でもその時は、こちらも、名誉毀損で訴えますから」と言ったとか。?
大北氏は妻と別れた後、愛人のスミレとも別れ、事態は一変、No.3のNNがNo.1に躍り出た。
物事に動じないNNもやはり内心、不安と釈然としない葛藤に苦しみ始めた。
結婚。大北氏も望んでいない。NNは、反対が明白なので、両親には交際すら言い出せないでいる。

別れるしかない。NNは一旦そう結論を出した。大北氏に別れを告げた、その時涙が滝のように流れた、と言った。そしてお見合い。NNは現代っ子だ。決心して心を一新して結婚に飛び込もうと思ったのだろう。しかし結局不成立に終わった。そしてまた大北氏の下に戻っていたのだった。

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 「C'est ecrit」par Helene Segara & Pascal Obispo


メケメケよくある話さ(1)

メケメケよくある話さ(1) 2004年11月2日 (Tue) 16:18:12

服を着込んで、と言ったのに、湯上りのままでやって来た。二人並んでブランコに乗る。星が少しだけキラキラしている。
「ここだったら、タバコを吸いたいとも思はないでしょう」
「思わない」執拗に「今から家に行きたい」と言ってきたので執拗に断った。「迷惑なのはわかる。でも今日は自分で一大決心をしたから、どうしてもこの気持ちをBちゃんに聞いておいてほしい」
自分の母親が私のことをBちゃんと言うものだから、娘のNNまでBちゃんと言う。
「家でなく中央公園でなら、・・20分だけ」という条件を出したら、ブツクサ言いながらも、夜の公園までやって来た。昔、BSの海外ボクシングをビデオに撮ってと頼んだら、快く引き受けてくれ、毎回帰りに「はい、どうぞ」と渡してくれた。座布団を持ってサンドバッグの代用にもなってくれた、私が何を言っても何をしても決して怒らずいつも喜んでくれる、だから私もある程度譲歩するつもりは、いつもある。

「大北さんと別れることにした。今回は本当に。あの人に新しい彼女ができた。帰国子女の。マミって言う。マミが会いたいって電話してきたから、私、会った。大北さんから、私のことを聞いたって。二人でよく話し合って、二人でよく考えて自分たちで結論を出せって、大北さんが言ったらしい」
「大北さん、女の争いに巻き込まれたくないのね。どちらかに別れ話をするのが面倒なのね。なかなか上等な省エネ対策ね」
「まじめに聞いて」
「まだ若いのにそんな修羅場によく臨んだね」
「私、根が強いから、こうして平気な顔してるけど、普通の子だったら手首10回くらい切ってるわ。さすがの私も、今回ばかりはショックがきつい・・」
「予想通りのコースを辿って予想通りの結末に達した。決心したなら、おめでとうって言ってあげよう。NNは運が強い。Tomorrow is another day.今が深い闇だからこそ、よけいに味わい深い夜明けが来るって。解凍した上トロの人生が待ってるって」

NNもprivate studentだった。多感な時代をずっと見てきている。奇跡的に超お嬢様名門女子大の英文科に入った。卒業してホテルに就職し、そこで上司の大北氏と出会う。
「Bちゃん、私、恋人ができた」って満面の笑みを浮かべて家にやってきたのは、ついこの前のような気がする。不倫だ。エネルギッシュな仕事振りに惚れたという。ここまではよくある話。しかしその時点で大北氏にはスミレという愛人までいた。
「No.3でいいの?」
「しかたない。好きになったんだから」
「まっ、幸せなら、何も言わないけど」
「私、冷凍マグロって言われた」
「クックックックッ。??珍しく緊張したのね。それじゃ、当分はNo.3のままね」
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  「ME QUE ME QUE」 Charles Aznavour

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