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三菱重工ビル爆破事件

フランスのテロはそろそろ沈静化するのだろうか?日本は国内でのテロをあまり経験していない国だ。だからオウム事件があったとき、海外のメディアは驚いた。日本に今までなかった種類の犯罪だった。

もう何年前か忘れたけれど三菱重工ビル爆破事件という、テロがあった。
仕事の帰り親友の姫神さんと会って食事をしていた時に、そのニュースを知った。丸の内の三菱重工ビル。もう学生運動は何年も前に終焉していた筈なのに。家に帰ってフト思った。ひょっとして、日登敬子さんの仕事場があるビルではなかったか。そうだ、間違いない。
日登さんには会っていない。一度私がBOXERの川上林成氏の招待で上京した時、そこに電話がかかってきた。もう一度は詩集「2N世代」の出版記念会の時、東京から電話で参加してもらった。
「Bookendごっこ、僕も読みましたよ。僕ですか?吉田のジョーと申します」今年の6月に亡くなった吉田城が日登さんからの電話に出たのを覚えている。話したのはその2回きりだけれど、彼女は一時期私の心のすぐ近くに存在していた。一番好きな詩人だった。このサイトの日記タイトル「そのほかの日々」も実は彼女の作品タイトルを借りている。朗読もたくさんした。自分の作品より彼女の作品の朗読テイプの方が多いくらいだ。文通をしていたが私から電話をかけたことはない。そしてその頃はもう文通は終わっていた。彼女に会う前に彼女の友人のGribouilleに会い、私はすっかりGribouilleにハマッていたからだ。
受話器の前でウロウロした。大丈夫だろうか?会う前に死んだりしないだろうか。仕事で外出していればよかったのだけれど。

彼女と知り合った頃、彼女は高校の美術の教師だった(後に上京してコピーライターになった)。彼女の手紙は便箋の質も色もインクの色もいつも工夫が凝らしてあった。最後にお別れの手紙が来たとき、白紙だったので、唖然とした。どこかに何か書いてあるのではないか、ひょっとして炙り出しか?斜めに透かして見たら、字は白い紙に白いインクで書かれていた。
私が美術手帖を読んだり、画廊でグループ展をするようになったきっかけは、明らかに彼女の影響だったと思う。Gribouilleの絵と出合ったのも、彼女を通してだった。

めったに自分から誰にも電話はしないのに、思い切って決心をしてダイヤルを回した。アパートにいるかどうかもわからない。どきどきする。
B「もしもし。ニュースで事件を知ったけど、大丈夫でしたか?」
日登「あっ、、Bruxellesね、ちょうど今病院から帰ってきたところ」
B「ケガしたの?」
日登「今、頭に包帯を巻いている。でも外傷だけだから、大丈夫よ」
B「・・・・」
日登「誰だか知らない人が、誰だか知らない人の命を狙う、なんて憤りを感じる。でもどこに向けていいかさえ、わからない。Bruxellesわざわざ電話してくれて有難う」
B「・・・・」

よかった、受話器の向こうに彼女はいる。もう絶縁して随分になるのに、名乗る前に、声を聞いてすぐに思い出してくれた。
「あっ、、Bruxelles?」

言葉の力だけを信じて、言葉の力だけで生きていた頃、私には現実はなく、言葉だけがあった。20歳で入院し、絶望の真っ只中にいた時、彼女の詩に出会った。言葉の感応に出会った。そして私は言葉による存在の抽象化に挑んだのだった。

あの人が無事でよかった。電話して声と言葉が聞けて、たくさんのことを確認できて、よかった。

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  Marcel MOULOUDJI 「Un jour tu verras」
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