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森林大学:森林ボランティア

森林ボランティアで知り合った千野さんから年賀状が来た。「再び山への思いが熱くなり、昨年はよく山に登りました。森林ボランティア参加はゼロでした」と書いてある。後ろを見て驚いた。カムチャッカ半島、アバチャ山、7月と写真の上に印字されている。私にはヒマラヤか八甲田山か月の裏側かよくわからないが、人間の生を完全に拒絶しているまるで異空間だ。こういったアネクメーネの極限で、生物としての人間の能力が問われるのだろう。厳しい環境の中でなんとか生き抜いてきた人類としての遠い昔の記憶が蘇るのかもしれない。精神も肉体も極限までそのあり方を問い詰められるのだろう。

6年前、日本森林ボランティア協会主催の「森林大学講座」に参加した。定員30名。私たちは9期生。
森林の成り立ちと林業経営、森林の保全、道具の手入れと使い方、動植物の生活観察とその環境保全、山での危険のあれこれと応急処置法、ネイチャークラフト、野外ゲイム、グループ活動の企画・立案、山の所有者や現地コミュニティーとの人的交流、自然の中での共同生活、・・・思い出してもたくさん学んだものだと思う。
千野さんと親しくなったのは、この日本ボランティア協会が所有する鳥取県の広大な山中での実技合宿の時だ。山に入るとあちこちにまだ、鳥取地震の爪あとが残っていた。
樹木を切り倒して、さらに丸太を小さく切る。炭を焼き、クラフトをつくり野外料理を、土を掘り火を起こすところから完成させ、全員で部屋の掃除をし、日の出を拝みに懐中電灯をもって「うさぎまっか」の山頂に登り、・・・、そのほとんどすべてに何の経験もない私は、心臓が目を回しているような状態だった。ガバガバとお薬を飲み、マイナス2度の暗闇に飛び出したまではよかったが、5分もしないうちに先頭から大幅に遅れる。ジェントルマンの荒木さんが最後尾についてくださった。皆平然としているのに、私はすでにマッカッカ。まずコートを脱いで荒木さんに持っていただく。次にセーターを一枚脱ぐ。汗だくなのだ。マフラーをはずす。さらに一枚セーターを脱ぐ。
「下着までは脱がないでくださいよ」と荒木さんがおっしゃったが、本当は皮膚まで脱ぎたいほどの発汗なのだ。フーフーハーハーはもうとっくに通り越している。
誰一人、コートを脱いでいないのだから、誰の目にも私の姿は異様に映ったことだろう。
「うさぎまっか」の山頂には、確かに真っ赤な太陽が昇ってきた。

宿舎に到着した日にまずしたことは、布団干しと部屋の掃除。カメムシかヒッツキムシか、クサムシかコガネムシかなんだかよく知らないが、部屋の中は、聖書にあるイナゴのように、ここかしこ、虫と虫のフンだらけだった。ゾゾゾッーとする。
若い男性も女性も、窯を造って煙突を取り付けて、一晩中野外にテントを張って、炭を焼いていた。
私が張り切ったのは、間伐と枝打ち。千野さんとペアーを組んで、ノコギリでゴシゴシと。千野さんとは最初からすっかり気があって、周りの人から漫才コンビと言われた。掛け合いが即「漫才」になってしまうのだ。千野さんがまじめな顔で言った。
千野「私、どんな深刻な状況にいても、深く悩んでいても、笑いを取ろうとおどけてしまう自分がいるの」
B「なんだか、わかる気がする。サービス精神が過剰なのよね、きっと、私たち」

9期生の中には、毎年ウランバートルでの文化交流の滞在を続けている人、過疎地で毎週農作業ボランティアをする人、地元で森林ボランティアとしてすでに長年の経験を積んでいる人、緑のトラスト協会で活発なエコ活動を展開している人など等が多く、本格登山から転身しようとする千野さんは、100%完全に場違いな私に、ひょっとしたら一番近かったのかも知れない。
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入試シーズン

予備校教師をしていた年月が一番長かった。毎年この時期になると新聞に掲載される入試問題にはすべて目を通す。どこの大学は今年から傾向を変えたとか、今年のセンター入試は教科書と離れすぎているとか、入手可能な限り多くの問題にあたって、収集、記憶、分析しなければならない。予備校の教材には何年の何大学の出題かという記載はされているが、出題者の狙い、癖、できれば来年の予測までしたほうがよい。
赤本、別名、過去問と同じで、それが合格へのワンステップになるかと言うと、単なる気休めに過ぎないと思うのだけれど、傾向分析、出題予測に関するデーター処理力には、予備校の校運がかかっていると、実は予備校も思っているし、一般的にも思われている。

大昔、私が受験したときもそうだったが(3日間連続だった)校門を出ると予備校が解答を配ってくれる。
ある時比較的親しいある数学の教師の一人(S)に聞いてみた。
B「あの校門で配る解答、誰がどこで作るんですか?」
S「実際の問題を入手して、専任スタッフが超スピードで解くんですよ」
B「印刷されている場合も多いですよ。解説つきで」
S「一秒を争って印刷に回すんですよ。専任スタッフは大学の近くのホテルで各教科、何人もスタンバイしてるんです」
B「知らなかった。でも入試問題はどうやって入手するんですか?}
S「実際予備校の職員が出願して受験生になって入室するんですよ」
B「えぇっ!」
S「問題が配布されたら、受験生の職員はすぐに退出します」
B「でも問題を持ち出せない場合が多いでしょう?」
S「トイレに行くふりをして、ポケットに押し込んで持ち出すんです」
B「えぇっ!まるでスパイ映画もどきですね。それから?」
S「待ち受けているバイクに、あらかじめ決めた方法で、放り投げるんです」
B「ハラハラドキドキですね」

これが実際その専任スタッフだった人から聞いた話だけれど、今と違ってワープロもファックスもプリンターもない時代に、そんなことをするだけで速度的に可能だったのかと、今でも半信半疑だ。

印刷された入試問題を投げる、という言葉で思い出す事件がある。
もう20年以上前になるだろうか。その事件が発覚した時は、犯罪が行われた3年後のことだったので、その国立大学医学部の3人は、発覚と同時に抹消になった。ヒートアップした入試競争のさなか闇の受験屋が横行していたのだろう。3年間学んだ後。その3年間を帳消しにされた医学生達、その後どんな人生を歩んだのだろうか。紙切れ(合格証)一枚に当時で一人数千万が動いたことは間違いない。
国立なので賄賂による裏口でもない。替え玉でもない。入試問題を印刷している刑務所から、問題が盗まれたのだ。塀の中の一人がポケットに入れて持ち出し、塀の外の人に放り投げたのだそうな。

ある年の1月4日 など

5日の朝、早々にW法律事務所の若手弁護士の一人が事務所にやって来て言った。
「昨日TVに映ってましたね。」
「私? 何テレビですか?」
「NHKのお昼のNewsに、大江橋を渡っているところをずーっと。シニカルに微笑んでましたよ」
1月4日,髪を結って着物を着て会社に向かっていたら、重いカメラを抱えた人が私に張り付いて、ずーっとついて来るから、そう言えば、カメラをジロリと見てニタッと笑ったのだった。まさか放映されるとは思わなかった。

せっかく着物を着ているのだからと、お昼からは東区の森田君の家に新年のあいさつに出かけた。当時私にはスリランカ人の日本語の生徒がいた。その人の「面倒を少し見てもらおう」とライオンズクラブ会長の森田君のお父さんに以前会いに行ったことがある。
森田君の家は天神祭りの船が窓の下を通る、川沿いのビルだ。橋本君の話によると東区の長者番付の3位なのだそうだ。森田君は将来お父さんの後を継ぐ為に大手前高校からストレートで経済学部に入ったのに、どうしても工学部に進みたくて、翌年受験をやり直した、すごい子だ。考えるだけでもしんどい。精神力がよほど強いのだろう。学生時代の仲間のリーダー格だった。
突然行ったけれど、正装をしていたためか、お客さんの仲間に入れてもらい、ご馳走になり、楽しいひと時を過ごした。
「Bruxellesさん、アジア人はね、日本人の援助を当然のことと思っている、ボッタクリ的留学生が多いんですよ。相手がそれじゃ、国際交流にならない、そういう経験をたくさんしてきたから」
「本人によく説明をしておきました」
お客のなかに一人青い目の学生がいた。

夕方になって、今度はTTが待っている新地のインタープレイ8に出かけた。珍しく着物を着ていたのでTTはとても喜んでくれて、私の写真をパチパチ撮った。このころのインタープレイ8はライブと言えば山下洋輔だ。だからその夜も山下洋輔だったのだと思う。
あのころ元気だったハチのママも、海坊主のようなママの情人ももうとっくに亡くなったらしい。
このころの写真が1枚だけ今も残っている。飲み屋の看板ばかりが背景のハチの前に立って、アルコールのせいで顔を赤らめている私は、着物を着ているせいか、どうみてもホステスにしか見えない。
だから「こんな写真、めったに人に見せるでない」と言ったのはコンサルタントの姫神さんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
TTがハチで切符を買って、私を連れて行ってくれたJazz Concertの中で特に二つは記憶に強く残っている。
ひとつは山下洋輔トリオ、大ホールだった。器械体操のようにドラムをたたく森山さん、そしてサックスの坂田さん、Free Jazzの先端というより狂気に近かった山下さんー、正直、音の洪水で完全に聴覚が麻痺してしまった。
もうひとつはマイルス・デイビスだ。フェスティバルホール。ただただカッコよかった全盛期のマイルス・デイビスを見て聴けたこと、今となっては日に日に貴重に思えるばかりだ。

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