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「大人になりきれない人」の心理

四つん這いになって倒れている時しか、決して読もうとも思わないのが加藤諦三の本だ。心理的に充実している時には何の興味も湧かない。最近本文のタイトルと同じタイトルの加藤諦三の本を買った。つまりは心理的に折れて倒れてしまっているからだ。自分のことを「大人になりきれない人」だとは決して思っていない。しかしこの本の小さな項目をみると、ギクリとする「その通りです」という指摘があるのだ。書き出してみる。
第2章から
○人を愛する能力が問われている
確かに人を愛する能力も人の愛を受け入れる能力も私には欠乏している。認めざるを得ない。原因は年齢が加算され過ぎたためだと思っている。これに対しては、努力をするものではなく、自然に身についた「愛する能力」でないと、意味がないのではないかと考えている。
○最近の日本の親は、5歳児の大人が多い。
三面記事を見ればすぐにわかることだ。大人だけではない。中学生も高校生も5歳児が多い。政治家も弁護士も教師も5歳児が多い。出社拒否、集団自殺、うつ病、引き篭もり。しかしその大部分は個人の気の持ちようというより、むしろ希望のない現代社会にその原因があるように思うのだが。
○本質的な不満を抱えて心のそこから笑うことが出来ない。
笑うどころか、食事を味わって食べることすら出来ない。トラブルに巻き込まれ何かの被害者になって、全く救済されないで無視され愚弄された場合、本質的な不満を抱えない方がどうかしている。心のそこから笑う方が、むしろ異常だ。
第3章から
○誰かに依存できない時、辛くなる
全くその通り、辛さの原因を突き止めると、スーパーマンのような誰かに解決してもらいたい、という依存心、決して満たされない依存心が見えてくるかもしれない。辛い原因は、自分の未熟さにあるのかもしれない。認めざるを得ない。この依存心が満たされない自分を、不幸だと感じてしまうのだ。
第4章から
○目的があれば、負担を背負うことができる
目的に添わない負担も、目的さえあれば、背負うことができるのだろうか。目的があれば、あらゆる負担に耐えられるのだろうか。だとしたら私に非がある。私にはさしたる目的がないからだ。反省しよう。
○第5章
○愛する人がいれば、闘うことができる。
全くその通り。反省しよう。
○周囲を嫌うと生きる辛さが増してくる
確かに周囲を嫌っている。辛さの根本原因は私自身にあるということなのか?周囲を好きになる努力をしてみよう。
○幸せになる第一歩は、周囲の好意を期待しないこと
なるほど。私はいつも周囲の好意をかなり期待している。事態は好転するといつも期待している。それは間違ったことなのだろうか。成熟した人は、決して周囲の好意を期待しないのだろうか。
第6章
○生きることを楽しんでいる人の生活を見習う
よいアドヴァイスだと思う。しかし私の周りには、生きることを楽しんでいる人、楽しそうに生きている人、その人のような生活をしてみたいような人は、皆無だ。皆無ならば、探せと言うことなのだろうか。

こうしてブログに書くくらいだから、この本を読んでよかったと幾分思っているのだろう。ただこの本は「気の持ち方」で苦しんでいる人向けの書物だ。具体的にたとえば裁判云々に近いトラブルの解決には一切役立たない。ただ現実的苦渋だろうと、抽象的・心理的苦渋だろうと、人の苦しみの深刻さは同じだ。人生はあらゆる種類の苦渋に充ちている。人間関係や自己や人生をどうとらえるか、反省しなければと考えさせてくれる、多少の効用はこの本にはある。それと、あなただけが苦しんでいるのではないと言うことにも、気づかせてくれる
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