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NHKの勧誘員 阿漕な回線切断と難癖商法

数日前物凄く激怒した。激怒は死ぬほど身体に悪い。
癌が再発したのは、本当にあのNHKの勧誘員のせいかもしれない。
・・・・・・・
前日近所の人から「留守中にNHKから人が来てましたよ」と連絡をうけた。
「用件をお伝えしましょうか、と言ったのに、渡すものがあるからまた来ます」とその人は言った、という話だった。
すぐにわかった。何度も来ているからだ。毎回同じことを言う。「留守なのに電気がちかちかしている」と今回も言ったらしい。
「TVを見ているのではないか」と、前も同じことを言ったのだ。真っ暗で留守を装っているけれど、こっそりTVを見ているのではないかと。それで、前回も怒って「家に上がって、どうぞ気の済むまで見てください」と言ったのだが、家には絶対に上がらない。当然だ。そもそも「こっそりTVを見ているのではないか」といういちゃもんをつけてその前提で話を切り出してくる。どういう神経だろう。しかも何回繰り返し来たら気が済むのか。今度来たら、引っ張り上げても「家の中を見させてやろう、気の済むまで」と思った。

翌日来た。「昨日も来たけれど、留守だったのでまた来ました」いきなり、二回も来てやったのだぞ、という態度だ。
何の御用ですか?といえば、「契約書を持ってきました」 NHKはどういう教育をしているのだろう。契約もしていない人の家に勝手にやってきて「昨日も来ました」「契約書をお届けに来ました」-その口調、その教育そのものが詐欺だ。そして契約書を取り出す、書けといって差し出す。「NHKとは何の契約もしていませんが」といったら、やおら「TVの視聴契約をする必要があるのです。説明します」

「昨日来た時も電気がちかちか、とか言って帰ったそうですが、そんなに疑ってかかるなら、どうぞ家に上がって気の済むまで見てください」と腕を引っ張って「どうぞ、どうぞ」と言った。「いえ、上がりません」と抵抗をする。
「放送受信契約終了の手続きも済ませていますし、NHKからも契約終了確認連絡も来ています。何しに何回も来てるんですか。TVを置いているか知りたいなら、どうぞ上がってみてください。そして2度と来ないでください。」と強い口調で言ったら、「けんか売るんですか」と突然言いがかりをつけ始めた。「腕をひっぱった」と、言いがかりをつけて、挙句に「自分のプライドが傷ついた。どうしてくれる」と逆襲してきた。(契約もしていない人の家に、契約書を持ってきて、契約しろ)という、そんな仕事にプライドも何もあるまいに、と思うのだが、勧誘員は逆襲することによって、自分の立場を優位に立たせた。そして怒っている私に、凄み始めた。それにしてもこの人に何のプライドがあるのだろう。

「NHKはね、契約解除したあとで、やってきて勝手に回線まで切っていったのですよ。TVはもとより、VHSもDVDも見れなくなって、それ以来シャーという白い画面さえ出ません。これどうしてくれるんですか」
「NHKがしたのですか」「勝手に黙って切断していたので、誰ですかと、家から外に出て聞きましたよ。NHKだといいましたよ。ソコまでしておいて、記録も無いのですか?」「NHKはそんなことしません。他でしょう」「ほかがNHKの回線を切るわけがないでしょう」「そしたらNHKを訴えればいい。訴えるべきです」「そんな暇なこと出来ますか?その時にNHKに電話で強く抗議しましたよ、わざわざ。その記録がある筈ですよ。」「僕だったら訴えます」「NHKの人なら、回線見れば切れているのがわかるでしょう。切っておいて切れている家に何度も来て、電気がちかちか、っておかしいじゃないですか?回線みてくださいよ」「僕はどれがNHKの回線かまでわかりません」「NHKのひとじゃないんですか?」
この勧誘員は自分が客に怒られた被害者のつもりなのだ。
心底怒ったのでこっちが疲れてきた。「あなたお名刺ください」「名刺は今日はもっていません」
首からかけたプラスチックのNHKカードのようなものを見せる。「場所はハルカス8階です」「電話番号をメモさせてください。あとで投書します」そして家の中に入ってメモをした。玄関に戻っていったら「名刺ようやく見つかりました」と差し出してきた。
名刺を要求されたら、当然見せる義務があると、教育されているはずだ。名刺を差し出した辺りから、何故か急に態度が変わって、いちゃもんを急に引き上げてそそくさと帰ろうとする。ようやく我に返ったのだろう。あるいは「投書します」が効いたのか。
「回線の件、人に損害を与えているのだから、課長、部長、社長に言っておいてくださいよ。それに回線切っておいて、テレビがちかちかするわけが無いのだから、もう二度と来ないようにね。」

NHK法人委託、株式会社TMFのTK氏。そそくさと急に帰っていったのは「こっちは死にかけているんだから、死んだら責任とってくれますか」という言葉に、一番あわてたのだろう。NHK法人委託、株式会社TMF、こういう勘違いした不愉快な勧誘を一体いつまで続けるつもりなのだろう。この文章は本当に投書して、もっと大きな場所に掲げる必要があるかもしれない。

参照ー1  & 参照ー2   知恵袋より

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老化&要介護

生と死については昔から散々考えてきたが、老化について考えたことがない。
近所の人の家にいって、役所からランダムで届いたと言うアンケートを見せてもらって驚いた。それは老化というより介護に関するアンケートのようだった。
Q.一人で買い物ができますか?
Q.自分で食事の用意をしていますか?
Q.食事は自分で食べられますか?
Q.自分で入浴ができますか?
Q.自分で洗顔や歯磨きができますか?
などと続く。老化とは介護とは、こういう状態になることなのか!今まで何故考えたことも無かったのだろう。
Q.自分で請求書の支払いができますか?
Q.自分で着替えができますか?
などもある。はっきり言って一人暮らしができなくなること、人の手を借りなければ生活できなくなること、それが老化だと、何故今まで考えたことがなかったのだろうか?
まだ若かったからか?それよりも、祖母や母を見てきて最後に倒れて入院するまで、二人とも自分のことが自分でできた、外出もできたし買い物もできた、洗濯もできたしご飯も炊けた。だからなのだ。介護を受けている人を実際身近に見てこなかったから、他人事だったのだろう。
今は他人事でも、この先長生きすると誰でもいつかは、ベッドから起き上がることさえできなくなる。歩くことも覚束無くなる。80歳90歳と遠い遠い先々のことかもしれないし、もっともっと近いことかもしれない。イヤー参った。
昔Parisに住んでいたころ、25歳の女の子が「老後のことを考えなければならないから、日本に帰る」と言って帰国した。馬鹿じゃないかと思ったが、老後のことをいつから考えるかは人それぞれ。昔TOと言う人にプロポーズされたとき、そのあまりの人生計画の緻密さに「うんざり」した記憶がある。何年後に家を建てて、何年後に子供を結婚させて、何年後に定年を迎えて、そのとき年金がいくらで貯金がいくらで、それで思わず「こんな筋書きのわかりきったような、面白くも無い人生は生きたくない!」と叫んでしまった。まともな男は就職が決まると、だいたい人生設計もある程度考えるようだ。昔の一流企業は安定していて、終身雇用、年功序列もあり、先々が見通せたことも確かだ。女はそういうことは考えない。(←それはお前だけだって?たいていの女もそれくらいは考えるって?)ひょっとしたらそうかもしれない。TOのことは今まで書かなかったような気もするがTOは付き合ってすぐにお姉さんの家族に、そしてお兄さんの家族に私を紹介した。私は当時何故彼が兄や姉の家に私を案内するのか、その意味など考えたことも無かった。だから詳細な人生プランを見せられてプロポーズされたとき、本当に吃驚した。そして「この人はなんとつまらないことを考えながら生きているのだろう」と不思議にさえ思った。まあ今から思うと彼の生き方が正解なのだろう。だから彼なら、いつ要介護になってもなんの心配も無いはずだ。でも、それがそんなに意味のあることなのだろうか?
問題はいつ要介護になるかにかかってくる。そしてそれは誰にもわからない。それでいてすべての人にその時は必ずやって来る。偶然に目にした役所のアンケート、その紙で顔を正面から叩かれたような気がする。今まで気楽に生きてきたことのつけ、たまりにたまった飲み屋の借金をいきなり催促されたような、衝撃だ。

医者で詩人の瀬崎祐が昔仲間内の回覧板に「皆さんの死に方の分類」と言うのを勝手に書き込んでいた。餓死・自殺・野垂れ死にの3種類があり、私はよく覚えていないが「野垂れ死に」に分類されていたように思う。若いころに詩などに現を抜かしている人間には、要介護や大往生よりも、その3種類のどれかが最もふさわしいような気がする。問題はそのいずれにせよ、引き寄せて受け止めるには相当の覚悟が必要だと言うことだ。

追記:この入稿は、多くの方に全く理解されないような気がする。私が日本人でありながらシャンソン・ファンなのは、この入稿と関連があるかもしれない。シャンソンには以下のような曲がある。日本のシャンソンファンに理解されているとは思えない。それが証拠に、日本人シャンソン歌手はほとんど歌わない。共感ができないから、あるいは内容が全く理解できないのだろう。この2曲にはシャンソンにしかないある価値観が歌われている。
Monsieur William
Les dames de la poste
ウイリアム氏も郵便局のご婦人たちも、偶然だが最後に死ぬのだ。-
シャンソン独特の諧謔の精神が匂いたつとおもわれるのだが、いかがでしょうか?日本歌謡には、この種の内容はありえない。
今日はじめて気づいたのだがBarbaraはこの2曲両方をレパートリーに入れている。つまりBarbaraと私はある種の特異な価値観・人生観がぴたりとあっているのかもしれない。
歌詞の内容を知りたいって?時間的余裕のあるときに探してみます。多分すでにBruxellesが訳出していると思うので。
・・・・・・・・・
Les dames de la poste 和訳
Monsieur William 和訳
・・・・・・・・・

追記:シャンソンには無くて日本歌謡にある諧謔の精神はないものかと、今朝からいろいろ考えてみた。これなんかいかがでしょう?「お涙頂戴、ありがとう」ここのこの意味、フランス人にはわかるまい。
赤色エレジー あがた森魚
このあたりを深く追求すると、国民性の違いにまでたどり着くような気もする。

/////////////////
blogが見苦しくならないように、日時設定だけを更新しています。
したがって、書き込みの期日と、表示される期日とはかなりのずれを生じてきました。

本稿は2013年の末ごろに書いたもののように思います。
日付が2015年になっているのは、あくまでもBlog Top
画面の維持のためです。
2015年4月28日 追記日
2015年6月24日 追記
この記事は1年半以前の記事で
従ってこのblogは事実上1年半以上放置したままだったことになります。

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