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ある年の1月4日 など

5日の朝、早々にW法律事務所の若手弁護士の一人が事務所にやって来て言った。
「昨日TVに映ってましたね。」
「私? 何テレビですか?」
「NHKのお昼のNewsに、大江橋を渡っているところをずーっと。シニカルに微笑んでましたよ」
1月4日,髪を結って着物を着て会社に向かっていたら、重いカメラを抱えた人が私に張り付いて、ずーっとついて来るから、そう言えば、カメラをジロリと見てニタッと笑ったのだった。まさか放映されるとは思わなかった。

せっかく着物を着ているのだからと、お昼からは東区の森田君の家に新年のあいさつに出かけた。当時私にはスリランカ人の日本語の生徒がいた。その人の「面倒を少し見てもらおう」とライオンズクラブ会長の森田君のお父さんに以前会いに行ったことがある。
森田君の家は天神祭りの船が窓の下を通る、川沿いのビルだ。橋本君の話によると東区の長者番付の3位なのだそうだ。森田君は将来お父さんの後を継ぐ為に大手前高校からストレートで経済学部に入ったのに、どうしても工学部に進みたくて、翌年受験をやり直した、すごい子だ。考えるだけでもしんどい。精神力がよほど強いのだろう。学生時代の仲間のリーダー格だった。
突然行ったけれど、正装をしていたためか、お客さんの仲間に入れてもらい、ご馳走になり、楽しいひと時を過ごした。
「Bruxellesさん、アジア人はね、日本人の援助を当然のことと思っている、ボッタクリ的留学生が多いんですよ。相手がそれじゃ、国際交流にならない、そういう経験をたくさんしてきたから」
「本人によく説明をしておきました」
お客のなかに一人青い目の学生がいた。

夕方になって、今度はTTが待っている新地のインタープレイ8に出かけた。珍しく着物を着ていたのでTTはとても喜んでくれて、私の写真をパチパチ撮った。このころのインタープレイ8はライブと言えば山下洋輔だ。だからその夜も山下洋輔だったのだと思う。
あのころ元気だったハチのママも、海坊主のようなママの情人ももうとっくに亡くなったらしい。
このころの写真が1枚だけ今も残っている。飲み屋の看板ばかりが背景のハチの前に立って、アルコールのせいで顔を赤らめている私は、着物を着ているせいか、どうみてもホステスにしか見えない。
だから「こんな写真、めったに人に見せるでない」と言ったのはコンサルタントの姫神さんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
TTがハチで切符を買って、私を連れて行ってくれたJazz Concertの中で特に二つは記憶に強く残っている。
ひとつは山下洋輔トリオ、大ホールだった。器械体操のようにドラムをたたく森山さん、そしてサックスの坂田さん、Free Jazzの先端というより狂気に近かった山下さんー、正直、音の洪水で完全に聴覚が麻痺してしまった。
もうひとつはマイルス・デイビスだ。フェスティバルホール。ただただカッコよかった全盛期のマイルス・デイビスを見て聴けたこと、今となっては日に日に貴重に思えるばかりだ。

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