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行きつく場所まで歩いた人

ユリイカの「シャンソン特集」1982年5月号を見ていたら、諏訪優氏の詩作品「カーニバルの夜」が掲載されていた。最後にVenis,1982,2,21とあるから旅先で書いた作品のようだ。

ひとつの思い出が蘇ってきた。あまり昔なので何年だったかは思い出せない。私はヨオコさんと二人でその時諏訪優氏の自宅にいた。何区だっかた思い出せない。同い年くらいの仲のよさそうな奥様がいらっしゃった。にこやかに4人で話した記憶はあるのだが、内容は全く憶えていない。なのに何故思い出したかと言うと、その奥様がお昼ご飯に手料理の「カツ丼」を出してくださったのだ。
支路遺さんや志摩さんの関係から横に広がっていったものだと思われる。
諏訪優氏はアレン・ギンズバーグを日本に紹介した方だと言うのが私の印象として残っている。まず支路遺さんの「他人の街」に紹介され志摩さんの「凶地街」ではギンズバーグ特集が組まれた。そのころともかくギンズバーグは、少なくとも詩に関わる者にとっては、圧倒的な人気があった。美術でいえば、アンディー・ウォーホールに匹敵するほどの人気だった。諏訪さんはどこかの大学で教鞭をとっておられた。勿論ビート・ジェネレーションのアメリカ文学。ヨオコも私も詩を書く以外たいして何もしていない。ただこうしてフラリと東京に来ても、会う人、会う必要のある人は当時一杯いた。

それから何年かたってすっかり皆の生活が変化した頃、諏訪さんがあの奥様と別れてずっと若い女子大生と再婚されたと言う話を風の便りに聞いた。「えぇっ!」信じられなかった。あれだけ仲の良さそうなご夫婦だったのに。何か全然違う風が、その時みんなに吹いたのだろう。それからさらに数年経って、諏訪優氏が亡くなったという話も聞こえてきた。「えぇっ!」

「カーニバルの夜」の副題にーあつみにーとある。あつみ、と言うのは若い妻の名前なのだろうか。1982年から一体何年経って諏訪優氏は亡くなられたのだろうか。

生まれる前の混沌にかえって
さわいでみようか? わたしたち
血のような酒をあおって 抱き合って
迷宮の島
行きつく場所まで歩いてみようか
    ?「カーニバルの夜」ー抜粋

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