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panic disorder

panic disorder 2004年10月30日 (Sat) 16:52:27

近所にできた新しいスーパーは魚介類が少し安い。白いご飯を炊いて、買ってきたイクラをどっさり入れて、ノリと卵の黄身と山葵、それに少しだし汁を加え、クククと笑いながらイクラ丼を食べていたら、電話が鳴った。
「もしもし地蔵です」「あれ、元気ないね、どうしたの?]
「今、高速の入り口に来てる。今から隣の県の病院に行こうと思うんだけど。誰かに電話したくなって、電話帳を見てたら、あっ、この人だと思って、電話してみた」
「どこが、どういう風に悪いの?」
地蔵君は元MPS(my private student)だ。確かもう30前後。結婚もしたし、最近子供もできた筈。体調が悪いので病院に行ったら、自律神経失調症だと言われた、と言う。
「自律神経失調症はアレルギーと同じで、結局原因がわかりません、と言うことらしいよ」
良くならないので脳外科でCTもとったらしい。異常なし。症状が改善しないから、思い切って心療内科に行こうと思う、と言う。

高校を卒業して東京に出て、働きながら理髪師の学校に通っていた。学校も終え本業となりかけたころ、一度切れたことがある。
その前から何度も電話がかかっていたのだが、私は母の看病でほとんど睡眠が取れなかった。気管切開をしていたので、いつ痰が詰まって窒息するかもしれなくて、オチオチ眠れない。家に帰るのは、必要なものを取りに帰るか、誰かに代わりの看病を頼んで仮眠をとりに帰るか。「悪いけど今睡眠時間だから」と、誰からかかってもすぐに電話を切った。そういうことが何度かあった。

母が亡くなって家の片付けをしていた。毎日10個づつくらい大きなゴミ袋に捨てるものを集めていた。足の踏み場もないくらい捨てる物で一杯だ。
そんな時、地蔵君が新大阪から「会いたい」と電話して来た。
「今手が離せない。会いたければ家まで来るように」と言った。彼は電車のない島の出身だ。地下鉄や近鉄を乗り継いでここまで来れるだろうか。
やって来た地蔵君は野球帽を深々と被りまるでたった今人を殺めた凶悪犯のような形相で現れた。何かトラブルを起こして職場を飛び出してきたのだ。
連れ立って近所のレストランに出かけたが、途中で向かいの病院の院長夫人に会った。「この子、別に凶悪犯じゃありませんよ」といわずもがなのことを、言いそうになった。
「美容師をやめるの?」「これからゆっくり考える。料理人か大工か、とにかく手に職をつけたい」「戻るつもりはないの?」「とにかく実家に帰る」「実家に帰ったらいづれにせよ職場に電話をいれるようにね。年齢的にやり直しはいくらでもきく。深刻に思いつめなくていい」?
このときは結局約半月ほど考えて職場に戻った。
一人前になった頃、また電話があって「僕もトゲが取れてツンツンの角も取れてだいぶ丸くなりました」と言った。

その電話から1年後の夜「飲みに行った帰り、無料の易者がいたから、からかい半分に見てもらったら、今月中に必ず交通事故にあう、と言われた」「縁起でもない。それで?」「金を払ったらもっと詳しく見てあげると言われて別の部屋に連れていかれそうになったので、今断って振り切って帰ってきた」と言って笑った。
信じていないにしろ、何かしらの不安を感じて電話してきたのだろう。
その約一ヶ月後のお正月。忘れた頃に交通事故は起こった。正面衝突らしい。おばあちゃんと弟は軽傷ですんだが、お父さんお母さん、おじいちゃんが大ケガで入院手術。大惨事だ。見舞いに帰った彼までが交通事故を起こし、しばらく入院した。
突然の不幸で、家に取り残された弟とおばあちゃんの間が険悪になり、弟は家を飛び出し看護学校をやめ、コンビニで働き始めた。アイドル君と呼ばれた美男の弟(私がニックネイムをつけたのだが)は、すぐに女の子に押しかけられ、あっという間に孕ませ、糾弾されて20歳で、アルバイトのまま責任ある父親になった。すべてあれよあれよという間の出来事だ。

「気楽に行けばいい。実は私は昔、心療内科医になりたかったことがある」「ほんと?」「そう。とりあえず原因究明のために、行っておいでよ。そしてちゃんと薬をもらって。心療内科系は時間はかかると思うけど、いい医者に当たれば、必ず解決する。くよくよ一人で悩んでいても仕方がないから。行っておいで。高速に乗って」

3日後に電話がかかってきた。
「どうだったの」「パニック障害と言われた」
「パニック障害はもっとひどい症状の筈だけど」「ブックレットをもらって、いろいろ解説を読んだら、どうやらそうらしい」「自分で納得したの?」「うん」「病名が見つかれば、対処法も見つかる。じゃまずは一安心ね」「はい」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
もう12年ほど前、神戸の薫さんから手紙が来て、死にそうになって夜間救急車で病院に運ばれたが、しばらくするとケロッと治って、そういうことがこのところ3回あって、バツが悪くてもう救急車も呼べなくなったと、そこに書いてあった。本人は「もう死ぬ」と苦しみもがくらしい。悩みは深刻だ。
そんな時The Japan Timesでpanic disorder(panic syndrom)の記事を偶然読んだ。ほぼ確信して薫さんに病名を伝えた。薫さんはキョトンとするばかり。パニック障害と言う日本名がついて認知され、病院外来で対処してもらえるようになったのは、それから5年ほどたってからだ。
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  「Prendre un enfant」  Yves Duteil
バルバラが住んだPrecy-sur-Marneの村長さんになった歌手


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