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Digital Divide

数ヶ月前にSKから「紙芝居屋になりました」というメイルが入っていた。私はメイルにも必ず返事を返すのだが、SKに関しては、もう10年ほど前からCommunicationは困難だと、それを忘れてはいけないと心していたので、返事は書かなかった。第一「紙芝居屋になりました」に対して、どう返事をしてよいやら分からなかった。
2005年9月14日 そのほかの日々(2) 
SKに関する私の最後の記事だ。
・・・・・・・・・・・・・

「Bちゃんは電話嫌いだから、どうしようか迷ったけど、見てもらいたいからやっぱり電話した。僕ね、紙芝居屋になったんだけど、今You Tubeに出てる。紙芝居屋さんで見れるよ。You Tube知ってるでしょ?」
「紙芝居屋さんで見るのね」
「違った。ビデオ屋さんで、見れる。僕が出てるんだ」
ここで昔のSKと同じの大笑い。嬉しいのだろうか。
これは先の連休中にSKからかかってきた電話だ。
「見てみる。でもビデオ屋さんで、入れてもゴマンとでてくる。他に何かキーワードは?」
「ビデオ屋さんでいい。それで、出るよ。ただし、You Tubeは英語しか駄目だから、英語でね。英語でビデオ屋さんと入れないと出てこない。わかった?」
「You Tubeは日本の動画は日本語で調べないと出てこないけど」
「いや、英語で、ビデオ屋さん。それで出る。皆もそれで見れるって言ってたし。英語で、ビデオ屋さん、これで必ず僕のが出るから」
「分かった、早速みてみるわね」
SKがまた楽しそうに嬉しそうに不自然に大声で笑っている。でも私はそれだけ言って一方的に電話を切った。これ以上話しても会話が通じなくてショックを受けるだけだ。もうそれはご免だ。痛々しく感じてしまう。
でも切った後で思った。倒産や離婚や手術やらを乗り越えて元気でYou Tubeに出ているところを、どうしても私に見せたいSKの気持ちがわからないでもない。SKの感覚では、紙芝居屋さんでYou Tubeに出ていることは、言ってみれば、舞台に上がってセリフを言っている劇団員の感覚なのだろう、つまりは晴れ舞台。あんなに嬉しそうに笑っていたではないか。私は出ないと分かってはいたが、ビデオ屋さんを英語に直してYou Tubeの検索をした。そして、やはりまたしても最後は自分自身で馬鹿馬鹿しくなってしまった。
SKの話が、もたもたして一向にまとまりがないと気づいてから、考えてみれば10年以上になる。それにしては、ちゃんと紙芝居屋さんをしているのだから、世間的には「おかしい」とは決して思われてはいないのだ。私の考えすぎかもしれない。私が何か自分で方法を考えて、You Tubeを見ればいい、だけの話だ。つまりは後は、私の方の自己責任。
それっきりそのことは忘れてしまったが、翌朝目覚めてフト気づいた。(心に自己責任の文字がちらついておそらく無意識にずっと考えていたのだろう)わかった!昔の田舎の年寄りなどはローマ字、つまりアルファベットを英語と言っていた。SKはYou Tubeは英語で入れないと出ないと、断言していた。SKはアドレスのことを言っているのだ!そして同時にアドレスと検索キーワードを混同しているのだ。アドレスを英語で入れると、「ビデオ屋さん」というタイトルで彼のYou Tubeが動き出すのだろう。ようやくモヤモヤが晴れた気がした。しかしSKはそこまでアホか?ちょっといくらなんでも失礼ではないか?いや、これがDigital Divideなのだろう。アホと言うわけではない。
そう言えば、昔からの友人のHMも、ネット・カッフェとパチンコ屋をほとんど同一視して話すではないか?YSだって、インターネット=ビデオ・ゲイムとしてしか認識できていないではないか。インターネット=ブログとして捉えている人も大勢いる。ショックを受けるべきではない。ちょっとしたDigital Divideの一例に過ぎないと考えよう。

ただSKがまだ頭の回転もよく皆を大笑いさせていた頃、どうもスペインとイタリアの区別が出来ていないのではないかとその口ぶりから気づいて、それとなく確認したことがある。やっぱりその時その時点ではSKの頭の中ではスペインとイタリアは区別されていなかった。そんなことがあったっけ。そういえばTTだって、イランとイラクの区別が分からなかったし、昨日読んだ今月号の「正論」では、あの中谷厳大先生が、その著作にルーズベルトが戦後も政権を担っていたと言う風に書いてある、という指摘があった。今朝のTVでは司会の関口宏が、金正日にだけ敬語を使っていたし。日常生活においては、Digital Divide以前に、知の確認など一切されずに、ほとんどあらゆる会話は発言は、なされているのだと、そしてその事態をそのまま受け入れた方が、もはやマナーに合っているのかも知れない。それに論理性や事実確認の前提などを全く無視して「××じゃないですか」と一方的思いの強権的押し付けが、TVやラジオ、また現実生活のここかしこに、溢れている。「かもしれない、じゃなく、それこそがマナーじゃないですか」と叱り飛ばされそうなので、この辺で止めて置く。

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