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友情とは

母が脳梗塞で意識不明のまま入院した。すぐに喉に穴を開けての人工呼吸が始まった。痰が詰るので眼を離せない。窒息が一番命取りになる。
母には身内が多いので、大阪に来ている甥や姪が入れ替わり立ち代わり。私は1人で、夜だけ付き添えば、昼間はなんとか眠る時間を確保できた。
最初の2,3週間は昼間5,6人が母の回りにいてくれる時もあった。
それから次第に人は引いていく。情け容赦などない。
その時私の友人二人が、私に睡眠を与えるために、何回か夜に駆けつけて病院に泊まってくれた。一人は名古屋から来てくれた。どうせ家にいても眠れないのだからと。彼女は日本に来た70歳台のアメリカ人ジョンに恋をして、その後他のことは考えられない状態になっていた。もう一人は自分で車を運転して、やはり2,3回泊まってくれた。
睡眠を確保できるだけでなく、その気持ちが、なんと心強く嬉しかったことか。いくら感謝しても足りないと思った。二人とも自ら進んでそれほどの好意を示してくれたのだから。
母が亡くなって、2,3週間した頃、そのうちの一人、仮にAとしよう、Aが家に来た。勿論大歓迎である。Aは「100万円貸して欲しい」と突然に言った。もう一人をBとしよう。Bは再度来日した恋人ジョンと二人で、家に行きたいと言った。そしてラブホテルがわりに、私の留守の間、自由に家を使わせて欲しいと言った。Bは勿論人妻であり、Bの夫は、Bと私の高校の先輩であり、キューピット役を果たした私は、二人の結婚式の司会まで引き受けている。道義的にも、そんなことを容認はできない。けれども私は、彼女達に母の入院の時に、恩を受けている。断るべきか、断るべきでないか。
最初からのシナリオだと気づいたのは、ずっと後だ。
「Bruxellesさんの友人です。Bruxellesさんには日頃お世話になっています」
二人とも看護婦さんたちにはそう言っていた。
私はそれをつゆ疑おうとはしなかった。若い時から人の親切に慣れすぎていたせいもある。親切に見返りの要求があることを、愚かにもそれまで全く知らなかった。要求する前に親切を売るという、ある意味彼女達の方は、社会的に世俗的に、筋を通していたのかもしれない。
あれから10数年が過ぎて、世間はあの時の私のような人間を「幼稚」という言葉で切り捨てるものだということを知るようになった。しかし私は今も幼稚のままだ。その後も何度も頭を打って、だが未だにそれでいいと思っている。友情や愛情と名をつけた行為で、その後に見返りを求めることなど、それが正しくても正しくなくても、少なくとも私は死んでもしない。

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