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日本人は変わった?

今日かつどん屋さんに行った。カウンター席のひとつおいて向こうに40代くらいの男性が、その隣に70歳代の女性がいる。「無理に食べずに残してもいいよ」と男性が女性に言ったので、二人が連れだということに気づいた。これは母親を気遣う息子さん?
息子さんはカツカレー竹、母親はカツカレー梅。母親の頭の髪の毛は相当薄い。そしてなぜかうつむき加減。息子さんは、体が大きくたくましい。妻子は今日は連れてこなかったのか?
男性が立ち上がったのは、6,7分後。よく見ると、お皿の上は空っぽ。母親のほうは、9割がた、出された時のまま。どうして母親が食べ終わるまで待たないのだろうか?と思っていると、息子に気兼ねしてか、母親もスプーンを置いて立ち上がった。「残してもいいよ」などという量でも、時間でもない。母親に食べる時間を与えていない。息子はすでにレジの前一メートルくらいに立っている。母親は、取り残されないように、懸命に息子の後を追う。母親は生活に疲れている様子だったので、はじめはそんな母を息子が食事に連れ出したのかと思っていたのだが、どうやら様子が違う。
レジの前で財布に手を突っ込んで、支払いをしようとしているのは、打ちひしがれた母親のほうだ!40代の息子は平気な顔で母親の少し後ろに立っている。
今は高齢者は年金をもらっている。ひょっとしたら、息子は、失業中か、引きこもり中かもしれない。ありえることだ。借金の申し込みに来たのかもしれないし、食事がしたいので、財布代わりに母親を連れてきたのかもしれない。少なくとも決して母親を気遣っているようには見えない。
いろんな人の話を思い出すと、このような場合、最近はたいてい母親が支払うらしい。私がこのシーンに違和感を感じたのは、母親が貧困に打ちひしがれていたように見えたことだ。父親がいて、父親がだすのなら、そう違和感は感じない。しかしこの母親はいかにも寄る辺がなさそうに見えたのだ。それでも最近の日本人は平気で母親に奢らせるのだろうか?

最近高齢者の女性に話を聞くと、99%以上のひとが死んだら家族葬でいいという。子供に迷惑をかけたくない、という。親の葬儀を出すことを迷惑だと考える子供が、日本にはそんなにも多いのだろうか?それぞれ家庭には事情というものがあるので、大きなお世話かもしれない。しかし「死ぬ」ことが何故迷惑などと、日本社会は認識するのだろうか?というのは、書店に行くと「終活」の本が多い。いかに回りに迷惑をかけずに、ひっそりとこの世から消えるべきか、懇々と書いてある。持ち物は小さくまとめ、所持品は出来る限り処分に励み、遺書をしたため、感謝の言葉を書き記し、墓を用意し、葬儀はなるべく家族葬程度を希望し、延命はせず、献体を申し出、できるだけひっそりと子供に迷惑をかけないように死になさい、と書いてある、そんな本がやたらと多く出版されて、しかもベストセラーになっている。老いたというだけで、何故そこまで、自分の生や死を、まるで忌むべきもののように自覚しなければならないのだろう。
私は出版社名をしっかり見ることにしている。筆者名もしっかり見ることにしている。そしていつもあきれ果てるのだ。日本人は変わった?それとも私が時代の思考に遅れてしまっているのだろうか?
生きることに遠慮する?しかも子供にここまで遠慮する?私ならそんな人生は、まっぴらだ。

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