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辛口日本人論-1

雑誌「正論」2012年2月号のP.274~P.277までは、正論側からの聞き手、小島新一と「日米衝突の根源 1858…1908」の著者である渡辺惣樹氏が氏の著作について問答するペイジとなっている。Book Lessonというコーナーである。このP.276に私が常々日本人に関して思っていることがズバリ書いてあった。本文全体の内容とはあまり関係はないが、その部分を書き出してみる。
渡辺:私は、日本人は対立関係のもたらす緊張の持続に耐える胆力が少し足りないのではないかと、心配しています。早く和解しようとする、仲良くしようとする。これは日本人の優しさにも通じるのですが、アメリカ人をはじめ西洋人は交渉では和解を目指しながらも徹底的に議論を尽くす。対立の緊張感をものともしない。そこに彼らの強さがある。最悪のシナリオに備えての準備も怠りません。
何気なく読み飛ばされてしまうかも知れないけれど、これは重大な指摘だと思う。
外交交渉のことに関して、言っておられるのだ。日本は、はっきり言って交渉事で成功したためしがない。外交的交渉力はゼロだと言ってもよい。交渉がうまく運んだと見える場合は、たいてい大枚をふんだくられているだけである。原因は、渡辺氏が指摘されるように「緊張の持続に耐える胆力が足りない」からだ、確かに。
わかりにくければ、自分の日常で考えてもよい。何か事が起こると、あなたは、泣き寝入りを選ぶし、他人が被害者の場合は、泣き寝入りを勧めるのではないだろうか?
どんなに心が通い合っている友の場合でも、夫婦の場合でも、相手が怒っている場合、宥めはするが、ともに怒ることは、めったにしない。同情してともに悲しむことはよくある。それより少ないけれど、ともに喜ぶ場合もある。しかしともに憤り、ともに戦うことはめったにない。この場合も愛情が信頼が希薄だと言うわけではなく、むしろ「怒る胆力、敵対者と対峙する緊張の持続に耐える胆力が不足している」ので、怒りの共有から本能的に遁走する傾向がある。それを日本人の優しさとみるか、胆力の無さとみるか。
私の好きな歌手のBarbaraはファンに「目を見開いて周りを見渡せ」というメッセージを残して亡くなっている。つまり、世の中をよく見て不正を見つけたら怒れ、という言葉を残したのだ。こんなメッセージを残す日本人はいないし、それを聞き入れる日本人もいないだろう。
特にここ半世紀余り日本人は損得で考えがちになってきている。自分以外の人のために怒っても何の得にもならない、他者のことで煩わされたくない、そういう思いが原因だとしたら、これほど悲しいことはない。人間が個人としての壁をとっぱらって最も強く連帯できるのは、問題の大小に関わらず、社会の不正に対して共に怒る、時ではないだろうか。
民族的に視点を移して考えても、「対峙する緊張の持続に耐える胆力の不足」は民族の存続にかかわる重大問題なのではないか、と思う。

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