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村岡空

昔からの友人の瀬崎祐氏が最近「詩と思想」で詩集評を書いているので阿倍野橋のユーゴ書店に立ち寄ってみた。売り切れてしまったのか、「詩と思想」は見当たらない。仕方なく「詩学」の9月号を手にとって吃驚した。?村岡空追悼号ーとなっている。村岡氏には友人の出版記念会などで、4,5回東京で会っている。とにかく何の垣根もなくものすごく身近なおじさんという感じで接することのできる方だった。お顔もとても愛嬌がある。一度「出張で大阪に行くので、どこか食べ物のおいしいところを案内して」と唐突に電話がかかってきたことがあった。それまであんまり直接話したことはなかった。ただ私が出た座談会の司会は、そういえば村岡空氏だったような気がする。キタのどこかで待ち合わせて、食事した。どこで何を食べたのか、全く思い出せない。ホテルにお送りしますと言って、送っていったらそこは、法華クラブ、だった。そうだった、村岡さんは、お坊さんだったのだとふと思い出した。
その何年か後、奈良県の東吉野村に東京から引っ越した、という通知が来た。で、何度か車でそのお寺まで行こうとした記憶はあるのだけれど、行った記憶はない。そしていかないまま、長年連絡も途絶えていた。享年70歳。追悼号の「詩学」に村岡氏の生涯について、何人かの方が触れられていた。やはり物凄い人生のようだった。密教の研究家だということは知っていた。が直に詩作品は読んでいない。

詩学」といえば昔、嵯峨信之氏に草野心平の女性がしている居酒屋「学校」に連れて行っていただいたことがある。詩集「2N世代」に関しては自筆の激励文のお手紙をいただいた。「嵯峨さんは、めったにそんな手紙は書かない人だから、それは大事にするように」と「詩学」社の人に言われた。今も大事にアルバムに張ってある。「君は大阪の人なのに(彼の影響を受けずに)饒舌体の詩を書かないね。オーソドックスなのがとてもいい」といわれた。最後に、願わくば聡明に生きたまえ、とあった。ちなみにこの彼とは、支路井耕治のことである。

嵯峨氏も村岡氏もその支路井耕治も、みんなもういない。


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「Non,je ne regrette rien (水に流して)」 Edith Piaf

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